始まりの場所 | ナノ
何やら騒がしい。
そう思ったときには、真澄の足は騒ぎの元へ向かっていた。
そういえば、騒がしくなったのは千尋たちが砦にやって来てからかもしれない。
士気が上がるのはいいことだ。
だが、こう騒がしいと緊張感の一つも感じられなくなる。
いつも気を張っていろとは言わないが、だらけすぎるのも善し悪しだ。
声のする場所までやってくれば、そこにいたのは千尋と那岐と風早。
そして夕霧。
夕霧とは御木邑で出会い、そのまま千尋について来た。
まぁ、男ばかりのこの空間。
千尋にとって、同性である夕霧の存在は大きいのだろう。
逆に、真澄は夕霧に何か引っ掛かりを覚えたが。
「随分と話が弾んでるみたいだね。かなり遠くまで声が届いてたけど」
「あぁ、真澄のところまで届いていたんですか?」
柱にもたれ掛かりながら、室内にいる人たちへと声をかければ、風早がそれに答えてよこした。
「まぁね」
「もしかしてうるさかった?」
少しだけ表情を曇らせた千尋に、それほどではない、と返してやる。
ハッキリと否定しなかったのは、多少なりともそう思っていたから。
だが、すぐにも謝罪の言葉がやって来たことに、少しだけ目を見張る。
自分の非を認めて謝罪するのは美徳の一つでもある。
これだけの素直さが自分にあれば、少しは可愛げがあったかもしれない。
有りもしない話を持ち出しても仕方ないのはわかっているが。
「それで?一体何の話をしてたわけ」
あれほど弾んでいた会話だ。
それなりに楽しい話題だったのだろうか。
「真澄も聞いてっ!」
「な、何」
ずい、と顔のすぐ側に千尋のそれがやってきて、思わず体を引こうとする。
けれど、柱にもたれている身体は、これ以上後ろへ下がることは出来なかった。
「確かに、誰も付けないで水浴びはマズかったなーって思うけど!」
よくわからないが、どうやら千尋は一人で水浴びに行ったらしい。
荒魂や常世の兵がいつ現れるかわからないというのに、よくもまぁ。
呆れるを通り越して感心してしまう。
「一人歩きは確かに感心しないね。二ノ姫は自分の立場をちゃんて理解してる?」
「真澄までそんな風に言うのっ!」
「……は?」
一寸先も話が見えない。
水浴びに行った際、自分と同じことを誰かにも言われたのだろうか。
千尋を伺い見れば、どうやら酷く怒っているのだとわかる。
これではまともに話を聞けそうにない。
仕方なく風早に解説を求めれば、彼は小さく苦笑を浮かべた。
「どうやら、水浴びをしているときに忍人が現れたらしいんです」
「千尋の裸見て、次に言った言葉が『武器を手放すな』だってさ」
「酷い話やろ?千尋ちゃんの裸見といて、それについては何も言わへんかったって」
千尋以外の面々が次々と言葉を繋いでいく。
結局のところ、千尋は自分の裸を見た忍人が何も言わなかったことが不満だったのだろうか。
「……あほらし」
「真澄ってば酷いっ!」
思わずボソリと呟けば、千尋が非難する。
むしろ非難されるのは忍人であって、自分じゃないはずだ。
それに、将軍でもある忍人だったら、そう言うのは始めから目に見えている。
まぁ、千尋が豊芦原に戻って来たのはつい先日のことだ。
現状を理解できていないのなら、わからなくもないだろう。
「その言葉を言う相手を間違えてない?二ノ姫が怒りを覚えてるのは、私じゃなくて忍人だってよ」
肩を竦めてから、首だけを動かして室内とは違った方を見る。
真澄の話し方では、まるでそこに誰かがいるようだ。
「一体何の話だ」
噂をすれば何とやら。
真澄が声をかけたのは、忍人本人だったようだ。
「忍人が二ノ姫の水浴びを見たくせに何も言わないから、男としてどうかって話」
「真澄、随分と脚色してませんか?」
誰かが突っ込みを入れるが、そんなことは耳に入ってこない。
「水浴び……?あぁ、あのときの話か」
「やっぱり千尋の貧相な身体じゃね」
「那岐っ!!」
からかうように言う那岐に、千尋が顔を真っ赤に染めあげる。
年頃の女の子というのは、こんな感じなのだろうか。とぼんやりと思う。
「……真澄も二ノ姫くらいの反応をしたらいいんじゃないか?」
「は?何で私の話になるんだ」
ふう、と真澄を見ながら小さく溜息をついて言う忍人に、思わず真澄の顔がしかめられる。
「いくら肌着を着ていても、男と一緒に水浴びをしている女がいれば慣れるだろう」
「はぁ?」
「真澄、まだそんなことをしていたんですか?」
「状況によっては、だよ。いつもじゃないし」
「ダメッ、ダメだよ!」
「確かに、そないなことしてたら慣れるかもしれんね」
忍人の言葉に、真澄へと視線が向けられる。
真澄が男に混じって水浴びするのは昔からのこと。
今更どうこう言われても困る。
それに、風早だってそのことを知っているはずだ。
彼の言葉がそれを物語っている。
「なら、真澄の裸なら何か思うの?」
一体何を言い出すのか。
真澄は痛み出した頭を押さえた。
そんな真澄をチラリと一別すると、殊更大きな溜息をついた。
「それこそ、天地がひっくり返っても有り得ないな」
それを告げると、忍人はどこかへと去っていった。
そして、そんな忍人の言葉に、誰もが言葉を失ったらしい。
「あのやろっ」
ギリッと歯噛みする真澄の目は笑っていなかった。
慣れてしまって特別な感情など起きやしない
よーし、いい覚悟だ。剣を抜けっ
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その態度に理由は付きもの
2008.8.5