始まりの場所 | ナノ
 




目の前の光景についていけない。
どうして常世についたこの男がここにいるのだろう。





「またお会いできましたね。相変わらず、お美しい」





怪我人を拾ったという布都彦の元へやって来れば、そこにいたのは見覚えのある人物。
中つ国から常世の国へと裏切った、柊の姿だった。



柊が何の策もなく常世につくとは思えない。
なぜなら彼は星の一族。
人には見ることのできない、未来を見ることができるからだ。
だからといって、過去に起こったことを覆すことはできない。
ふつふつと胸に湧いてくるのは、あのとき止められなかった後悔と、何も出来なかった自分への怒り。


「まあ、あてもなく歩き回るよりはいいかもしれませんね」
「風早……」


どうやら真澄が思案にふけっている間も会話は続いていたらしい。
確か、この霧のことについて話していたと思ったが。
その後に荒魂や白虎がどうの、と言っていたような気がする。


「勝手にしろ」


忍人が不機嫌そうなのは柊と再会したせいか。
柊に腹を立てているのは、むしろ忍人だけではない。
自分だってそうだ。
その理由は、柊が常世に下ったという理由だけではないが。


「どうやら不敗の葛城将軍のお許しも出たようですね。では参りましょうか、我が君」


話が纏まったのだろう。
どこへ行くのかは知らないが、話の流れからして白虎と関係のある場所か。
視界に入るのは、千尋と話している柊の姿。
天鳥船へ戻ってからでも時間はあるだろうが、どうせなら今やっておきたいことがある。
真澄は下で小さく拳を作った。


「真澄、俺たちも……真澄?」
「風早、止めないでよ」


出発を促しに来た風早に、一言断りを入れる。
すると、風早は小さく肩を竦めてみせた。


「手加減、してくださいね」


元から止めるつもりはなかったのか。
それとも、止めても無駄だと思ったのか――恐らく後者だろう――諦めたように言う風早に、何も答えずに歩き出す。
言われずとも、手加減はするつもりだ。
ここで全力でいって、協力してくれない、とあっては千尋に悪い。
向かう先は、千尋と一緒にいる柊の元。
千尋と柊の間に割り込んで、勢いよく手を振り上げる。


「真澄っ!」


それを見た千尋が声を上げるが、間に合わず。
真澄の手は、柊の頬を思い切り鳴らした。


「っ……」


予想もしていなかった張り手に、柊の足元がよろめく。
だが、叩かれた頬を押さえないところを見ると、自分と再会したときにこうなることを知っていたのか。
それすらも、真澄の神経を逆撫でする要因の一つ。


「拳じゃなく平手だったことに感謝してよね」
「それはそれは、随分と寛大だ」
「その瞳に免じて、よ」


柊が隻眼になったのは数年前。
その理由を知ってる人は限られている。


「二ノ姫」
「えっ、はい」


柊と向き合ったまま千尋を呼べば、驚いたように声を上げる。
自分のした行動は、そんなに彼女を驚かせたのだろうか。
それとも、誰かが叩かれるのを見たことがないのか。


「私は天鳥船へ戻る。どうせ一緒に行っても意味はないだろうしね。柊、違う?」
「真澄……あなたはどこまで知っているんですか」
「さあね。私が知ってることなんて、柊の知ってることの一部にも満たないよ」


そう言って、真澄は一人、元来た道を引き返し始めた。





そう、柊が知っていることに比べたら、自分が知ってることなんて僅かなことでしかないのだ。





考えるな、ただ感情のままに動け 
どうせなら逆の頬も叩けば良かった





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再会の喜びは平手打ちで
2008.7.20


 
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