始まりの場所 | ナノ
 




「真澄、いるかい?」


そう言いながら部屋に入ってきたのは、この国見砦で大将軍としている岩長姫だった。
岩長姫が不在の間、国見砦の留守を頼まれていたのが真澄である。
欠伸をしている真澄の姿を確認すると、その事実に呆れたように岩長姫は溜息をついた。


「溜息を一つつくと、幸せが一つ逃げていくらしいよ?」
「私はあんたに砦の留守を頼んだはずなんだけどね」
「充分留守を預かってたじゃない。岩長姫が戻ってきた今、留守を預かる理由もなくなったけど」


ああ言えばこう言う。
素直な言葉が返ってくることはない、とわかっていたものの、実際に返されると脱力感に襲われる。
けれど、それはそれ。
少なくとも、長いつきあいだ。
そうそう脱力してばかりもいられない。


「そういえば、岩長姫が戻ってきた頃から砦が騒がしいんだけど?」


奇襲でも失敗した?と言葉に含みを持たせてみる。
黒雷の手勢が少ないと言うことで、今晩彼女は常世に対して奇襲を仕掛けていたはずだ。
すると、岩長姫はニヤリと人の悪い笑みを作った。
その表情を見て、真澄は嫌な予感につまされる。
彼女がこんな表情をするときは、大概ろくなことが起きない。





「風早が中つ国に戻ってきたんだよ」





風早。

その名前を聞いた真澄の肩が僅かに揺れる。
彼は五年前に中つ国が滅亡した際、二ノ姫を連れてどこかへと消えた。
安全な場所へ避難する、ということは聞いていたが、その後は何の連絡もなかった。


「風早が戻ってきたということは……」
「あぁ、千尋……二ノ姫も一緒だよ」


予想通りの言葉が返ってきたことに、そっと溜息をつく。
二ノ姫の従者である風早が、彼女を一人置いて中つ国へ戻るということはあり得ない。
そう、二ノ姫が生きている限りは。


「あんたも、会うのは久し振りだろう?どうせなら一緒に顔合わせでも、と思ってね」


どうやら、意識を失ってしまった二ノ姫の目が覚めてから、ということらしい。
今晩はこのまま休んで、明日の朝になったら、と言う岩長姫の言葉は真澄の耳を、ただ通り抜けていった。



五年も経てば人は変わる。
幼かった自分や二ノ姫が、立派に成長するほどに。
中つ国が滅亡したときのことは、今でも目に鮮やかだ。
自分と同様に、二ノ姫もあの日のことを覚えているのだろうか。


「中つ国に戻って来るべきじゃなかったのに」


幸せな世界にいたのなら、わざわざこんな世界へ戻る必要なかったのに。
それとも、自分の国を常世から取り戻すべく、あえて茨の道を選んだのか。


龍神の声も聞こえない、けれど異形の姿であるということで、女官からも散々蔑まれていたというのに。


「選ぶのはあの子だよ。私はそれを見守るだけさ」


そんなことはわかっている。
わかっているが、理屈じゃないのだ。


「私も休ませてもらうよ。さすがに今晩は疲れたからね」


ひらひらと後ろ手に手を振りながら、部屋を後にする岩長姫の姿をただただ見送る。
夜はまだ深い。



五年振りの再会は、夜が明けてから。





もうすぐ会える 
いっそのこと逃げようかな





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千尋たちと再会するのは国見砦
2008.7.16


 
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