始まりの場所 | ナノ
 




「ねぇ、真澄もたまには女の子らしい格好すればいいと思わない?」


千尋がぽつりと漏らした言葉。
その言葉に、思わずぎょっとしたのは本人以外の何者でもない。


「真澄が、ですか」
「千尋、本気で言ってる?似合うわけないじゃん」


風早がどこか苦笑いを浮かべている。
それに引き替え、那岐は千尋の言葉を聞くなりすぐに切り捨てた。
それはそれでどうかと思うが、那岐に言ったところで効果はないだろう。


「そうですね。たまには真澄も我が君のような服装を身に纏えば、女性らしさという物を身につけるやもしれませんね」
「ちょっと、柊。それは私が女性らしくないと言っているような物だけど?」


ひくり、と頬が引きつるのを感じた。
よりにもよって、この男はこの場にいる誰よりも辛辣だ。
忍人ではないが、相変わらず良く口が回る。


「おや、そう聞こえましたか。ですが、私は我が君の言葉に素直に同意しただけ」
「へー、そう。それじゃ柊は、武人である私が二の姫のような格好をしても、いいと。そういうわけ」


厭味を込めて、二の姫のような、という部分を強調する。
そうすれば、誰もが千尋の方へ視線を巡らせる。


上着は行動の邪魔にならないようにか、腰の辺りから深くスリットが入っている。
その下から覗くのは膝上の短い衣。
そして、すらりとした白い肌が惜しげもなくさらされている。
戦場で弓を扱う千尋ならまだしも、自分が扱う物は剣だ。
あんなひらひらした物を着ていては、下が気になって思うように身動きが取れない。
それに、彼女のように素肌をさらすことが出来ない理由が、自分にはある。


千尋を見ていた視線が、今度は真澄へと向けられる。
すると、どうしたことだろう。
誰もが何とも言えない表情をし始めた。
どうやら、想像してその様子に難色を示したのだろう。


「……目に毒、だね」


ボソリと呟いたのは那岐か、それとも風早か。
だが、その事実は否定できないから、敢えて黙っておく。
そもそも、二人とも始めから似合わないと言っていたのだ。


「いえ、さすがに我が君と同じ格好はどうかと……」


同じじゃなければいいのか。
と数名が同じことを内心思った。


「ですが、戦場において素肌を見せることは、油断にも繋がるかと」
「そっか、男を油断させる手段だね」
「馬鹿?」


真澄は思わず頭を抱えた。
どうして戦場で素肌を見せることが油断に繋がるのか。
それこそ、無防備な素肌を狙われるだろうに。
しかも、総大将である千尋までがその言葉に乗せられてどうする。


「冗談じゃない。そんな格好で戦えるわけがないでしょ」
「そうですよ。それに、真澄には千尋と同じ格好は出来ません」


自分が素肌をさらせない理由を知っているのは、岩長姫の他に風早だけだ。
同意してくれたことに感謝しつつも、遠回しに厭味か、と風早を睨め付ける。
けれど、そんな真澄の視線もどこ吹く風。
風早は尚も言葉を続けた。


「二人が同じ格好では、どうしても二人を比べてしまうでしょう?千尋は、自分よりも細い人を見て、いい気がしますか?」
「んー、それは嫌かも」
「でしょう?真澄も、自分より細い千尋と比べられたくないんですよ」


ブチブチと、自分の中で何かが切れる音が聞こえる。
そして、自分の身体をじっくりと見つめるような視線も。
どうせ風早の言葉を聞いて、自分と千尋と比べているのだろう。


「あんたって、千尋より太ってるわけ」
「これは……気が付かずに申し訳ありませんでした。そういう理由でしたら仕方ありませんね」
「無理言ってゴメンね」


悪気はない千尋の謝罪の言葉に、ついに堪忍袋の緒が切れた。
腰に穿いている自分の獲物を鞘から抜き、切っ先を風早へと向ける。


「ちょ、真澄?目が据わってますよ」
「うるさい!あることないことペラペラと……風早、とりあえずそこへ直れっ!」


一撃くらい与えないと気が済まない、と目が訴えている。
そんな真澄の態度に、顔色を無くしたのは他でもない、風早だ。
完全に目が据わっている真澄は、本気だ。
これでは何を言っても聞いてはもらえないだろう。


「すいません。俺、ちょっと用事を思い出したんで、後のことは頼みますっ」


そう言い残して、風早はその場から走り去っていった。


「風早!逃げるなっ!!」


そんな風早の後を追い、真澄もその場から走り出す。
残されたのは、呆気にとられる三人の姿。
何気なく言ったことが、こんな大事に発展するとは思わなかったのだ。


「悪いこと言っちゃったかなぁ?」
「我が君が心配なさることはございませんよ」
「いいんじゃないの。風早のあんな姿、滅多に見られないし」


少しだけ罪悪感を感じているらしい千尋に、銘々の言葉が返ってくる。
それを聞いて、千尋はそっか、と納得した。










風早の姿を追って堅庭までやってくれば、そこには涼しい顔をした彼がいた。
姿を確認して、ゆっくりと剣を鞘に収めながら近付く。


「風早」
「あぁ、思っていたより早かったですね」


全力で走っていなかったくせに、ぬけぬけとよく言う物だ。
風早の背後に立ち、彼の肩口に自分の頭を乗せる。


「物言いは問題有りだけど、言わないでくれてありがとう」
「あれは、真澄との約束でもありますからね」
「それでも、ありがとう。二の姫……千尋に言わないでくれて」





約束。


それは過去にお互いが交わした物。
誰にも口外するつもりもなければ、破るつもりもない。


覚えていないのならそれでいい。
自分のことなど、忘れたままで。










「いい加減、二の姫じゃなく名前で呼べばいいのに」
「いくら風早の言葉でも、これだけは譲れないね」
「全く、その頭の固さは誰に似たんだか」
「……忍人、とでも言っておく?」


勘弁して下さい、と頭を抱える風早に、勝ったと少しだけ優越感を感じた瞬間。





武器はその美脚
言っておくけど、私は太ってないからね!





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うちのヒロイン、風早と岩長姫の前でだけ千尋を名前で呼びます
2008.7.14


 
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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