重なりあう時間 | ナノ
屋島編 壱





玖拾話
 単独行動は禁止だと口を酸っぱくしていた彼の中にあるのは喪失の恐怖






志度浦の海を眺めながら、浅水は一人、これからのことを考えていた。
平家との戦も終盤に来ている。
ここからが一番厳しい戦いになるのだろう。
そして、自分の見ている夢が現実になる日も、近い。
それは譲も同じだろう。
志度浦に陣を張った後、思い詰めたような顔をして自分より先に陣幕の外へ出て行った。
先の運命を知る彼は今頃、何を思っているのだろうか。


自分が死ぬのは怖くないと言いながら、望美を残して逝くのは嫌だと、生きたいと切望している譲は。


夢を違える術を知らなければ、譲は夢と同じ運命を辿るのだろう。
だが、自分はその術を知っている。

譲が死ぬことのない方法を。

腰から小太刀を外し、鞘から刀身を抜く。
すらりと現れたその刀身は、未だに穢れを知らないまま。
せっかく得た力を使わずに、お飾りのまま終わらせるか。
だたの舞剣だったこれを、わざわざ腕の良い鍛冶師を湛快に紹介してもらい、鍛え上げてもらった。
そして自身も、湛快自らに稽古を付けてもらったのに。


「これじゃ、何のために望美について来たのか分からないね」


自嘲気味に呟けば、乾いた笑みしか出てこない。
足手まといで終わるくらいなら、自分は初めから熊野に残っているべきだったのだ。
だが、そうできない理由があった。
それが、自分の存在意義。
昔、祖母に教えてもらった自分の役目。



── 今ではない、いつかの日に、私の代わりに浅水が白龍の神子を助けてやってね ──



いつも話の最後は、そう言っていた祖母。
小さい頃は、言われた意味がよく分からなくて、ただ頷いていた。
子供心に、祖母に頼りにされているのが嬉しかったのだ。


そして、本当の理由を知ったのは、十年前。


この世界に、自分が投げ出された瞬間。


譲のことが好きな望美は、譲を失ったら確実に悲しむだろう。
そうさせないためにも、自分は譲を救わなくては。
多分、譲を救うことが、望美を救うことにも繋がるだろうから。


「そのための力は、既にあるのだから」


刀身を鞘に戻せば、鞘と鍔が当たりカチンと音が鳴る。
そのまま腰に戻そうかと思ったが、どうしようか躊躇った。
別に、このまま持っていても邪魔になるだけだから、帯刀してしまった方が賢いのだろう。
それなのに、それを躊躇するのはどういう理由か。
どうにも、自分の思考が自分で理解できない。


「浅水?」
「ん?」


う〜ん、と悩み始めた浅水に呼びかければ、そのままの状態で顔だけこちらに向けてくる。
その表情があまりにおかしかったので、ついついヒノエは吹き出した。


「……ちょっと、人の顔見て吹き出すなんて酷いんじゃないの?」
「そういう顔してる浅水が悪いんだろ?オレのせいじゃないと思うけど」


くつくつと肩を震わせながら答えるヒノエは、よほど壷に入ったのか、しばらく笑いが収まらなかった。
ようやく笑うのを止めたと思えば、浅水の横に立ち、同じように海を眺める。


「やっぱり、熊野の海とは違うな」


しばらく海を眺めていたヒノエが、そう呟いた。
そう言いつつも、その瞳は懐かしそうに目の前の海を見ている。
海が好きなヒノエが、海に出なくなってからどれくらいの時間が流れたのだろう。
少なくとも、京に行ってからは、一度も海に出ていない。
熊野へ一度戻ったとき、望美を助けるために海へ出たが、それだって僅かの間。
ヒノエが満足出来るような物ではなかったはずだ。


「でも、海は繋がってるよ。熊野とも」
「そうだね」


小さく言えば、ヒノエは浅水の方を見て、優しげに微笑んだ。
その笑顔に釣られるように微笑めば、つい、と彼の長い指が小太刀を示した。


「で、姫君はソレをどうするつもりだったのかな?」
「別に、どうするつもりってわけじゃないんだけど。このままじゃ、宝の持ち腐れかなって。せっかく、湛快さんに腕のいい鍛冶師紹介してもらったのに」


肩を竦めながら言えば、はぁ、と彼は溜息を吐いた。
それを見て、何か変なことを言っただろうか?と、今の言葉を反芻してみる。
だが、別段おかしなことは言っていない。


「どうしてお前は……あぁ、もう」
「ヒ、ヒノエ……?」


わしわしと自分の髪をかき混ぜる姿に、ぎょっとする。
そんなにも、自分の発言が拙かっただろうか。
どうしよう、と焦りだした浅水に、ヒノエの腕が伸ばされる。
次の瞬間には、しっかりとヒノエの腕の中にいた。
ぱちぱちと瞬きを繰り返して、横にあるだろう彼の顔を見る。


「何でお前は、いつも一人で背負い込もうとするんだ……少しは、オレを頼ってくれてもいいだろ……ッ」


絞り出すように吐かれた言葉に、そういうことかと理解する。
ヒノエを頼っていない訳じゃない。
むしろ、自分は彼に頼り切っているのに。
それほど、依存していると言ってもいい。
でも、それとこれとは話が別だ。


熊野別当としてのヒノエの立場を、誰も取って代わることが出来ないように。


浅水自身の役割も、誰にも代わることなど出来ない。


「ねえ、ヒノエ。私は、充分ヒノエに頼ってるよ?」


そう告げれば、少しだけ腕の力が緩められる。
ヒノエの腕の中ということに代わりはないが、今はお互いの顔がしっかりと見て取れる体勢だ。


「ヒノエが熊野別当という役割があるように、私にも、私の役割があるの。だから、これだけは譲れない。ヒノエになら、この気持ち理解できるでしょ?」


ヒノエの目を見て、しっかりとした口調で告げる。
ちゃんと話せば、こちらの意志も伝わると信じて。


「……浅水の役割が何か聞いても、話してはくれないんだろうね?」
「私が言わなくても、ヒノエはその答えを知っているのに?」
「オレが?」


諦めたように、力ない声で言うヒノエに、少しだけ苦笑してみせる。
彼は本当に忘れているのだろうか?
京で望美たちと嵐山へ行ったとき、星の一族から聞いたはずだ。
七宮姓を持つ自分も、分家とはいえ、星の一族に変わりないことを。


「そういえば、ヒノエがここに来た理由を聞いてなかったね」


考え込んだヒノエの意識を遮るように、ふと思ったことを口にする。
自分のことは、わからないならそのままでいい。
というより、このまま思い出さないでいて欲しい。


「ああ、そういやアイツがそろそろ軍議を始めるって言ってたんだっけ」


未だに名を呼ぶことに抵抗があるのか。
ヒノエがアイツと呼ぶ相手は、今のところもっぱら弁慶だ。
しかし、軍議が始まるとなると、そろそろ戦が始まる。
自分も急いだ方が良いかもしれない。


「悪いけど、私にはやることがあるから、今回は軍議に参加しない。弁慶にも、そう伝えてくれる?」
「やること?それは軍議より大切、って取っていいわけ?」


案の定、問い返されたが、それに是と答える。


「軍議が終わったら、迎えに来てくれる?」


自分に似合わないことは重々承知しているが、小首を傾げながら、なるべく可愛らしく頼んでみせる。
すると、ヒノエも折れてくれたのだろう。
危ない真似はしない、という条件付きで弁慶への伝言を伝えてもらうことになった。
陣幕へと戻っていくヒノエの後ろ姿を見送れば、その姿が見えなくなった頃に、自分もなるべく人がこないような場所へと移動する。
まぁ、戦を前にして、自分たちのようにふらふらとどこかへ移動するような兵は、あまり見かけないけれど。
それでも、念のためだ。
これから先は、自分にとっても一種の取引と似たようなことなのだから。

砂浜をしばらく歩き、陣幕からほどよく離れた場所。
人気がなく、あまり人も来そうにはない。


「この辺りでいいかな」


小さく呟いて、手にしたままの小太刀を目の前に掲げる。
そのまま鞘を抜き、砂浜に突き立てれば、抜き身の刀身を両手で持つ。


「さて、どうやって呼んだものかしら。媒体になるとは言われたけど、呼び方を教わるのを忘れたわ」


肝心なところまで頭は回らなかったらしい。
浅慮すぎる自分に嫌気がさしてくる。


「手っ取り早く、四神現れて!とか言っただけじゃ、駄目かな?やっぱ駄目だよね」


そもそも、自分は夢で先を視ることは出来るが、神降ろしが出来るわけじゃない。

──否、出来るかもしれないが、好きこのんでする物じゃない──

神泉苑でのアレは、四神が勝手にしたことであって、浅水の意志ではないのだ。
招神の詞を必死に思い出そうとしていると、手にしている小太刀から淡い光が発せられる。


「嘘……ホントに四神って呼んだだけで?」


半信半疑で小太刀を見つめる。
淡い光は、次第に強く光を放ち始めた。
その光量に、思わず目を閉じた次の瞬間。



世界は白い光に包まれた。










ボツネタ。
「海は繋がっている」→「海はいいねぇ」(笑)
そんな自分は、某カヲル君が大好きです(爆)
2007/6/8



 
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