重なりあう時間 | ナノ
鎌倉編 拾肆





捌拾玖話
 妬いてる?どうしてこの俺が!






梶原邸にいる景時と朔の母親に、挨拶を済ませると一行は再び今日にある景時の屋敷へ戻ってきた。
九郎の情報に寄れば、平家の軍勢は屋島に集結し始めているようだ。
のんびりとしていられる時間はあまりない。
そのはずなのに、望美と九郎はリズヴァーンに稽古をつけてもらう、と意気込んでいた。
景時は今までの憂さを晴らすかのように洗濯に精を出している。
弁慶は情報を集めに行っているのか、はたまた部屋で薬草でも弄っているのか、姿が見えない。
敦盛はこれからのことを思案しているのだろう。
譲の姿が見えなくても、どうせ炊事場にでもいるのだろうと、当たりを付ける。
朔と白龍は二人そろって、稽古している望美の姿をほ微笑ましそうに眺めている。
そしてヒノエは……。


「……ねぇ、放して欲しいんだけど」
「やっと誰にも邪魔される心配が無くなったっていうのに、ずいぶんせっかちだね。オレはもう少し、お前の感触を味わいたいんだけど?」


梶原邸の一室。
誰もいない部屋で、浅水をその腕の中に捉えていた。
背後から抱き締められている浅水の腰には、しっかりとヒノエの腕が回っている。
逃れようとしても、中々逃れられず、先程から同じ問答を繰り返していた。


「感触って……あのねぇ」
「ん?」


脱力した浅水に、満面の笑みを浮かべるヒノエの姿は、まるで子供のよう。
こういう姿はあまり見られる物ではないから、見られたことに喜びを覚える。
だが、それが自分をとらえて放さないとなれば、話は別だ。


「ホントにどうしたわけ?鎌倉からもどってきてからこっち、ずっと人の側にいて」
「最近浅水がつれないからね。浅水不足なんだよ」


そう、鎌倉から京へ戻ってきてからというもの、浅水の側には四六時中と言っていいほどヒノエの姿があった。
今まで一緒にいたとはいえ、これほどまでに側にいた試しはない。
これではまるで、望美の姿を追う譲のようではないか。


「ヒノエだけはそんなこと無いと思ってたのに……」


想像して、思わず手で顔を覆った。
来る物は拒まず、去る者は追わずと思っていた別当殿は、去る者も追う人だったのか。


「……今、何気に酷いこと思わなかったか?」
「ヒノエの気のせいでしょ」


訝しげに顔を覗き込んでくるヒノエに、素っ気なく返せば、つれないねと苦笑混じりに言われる。
それにしても、どうしてヒノエはいつにもまして自分の側にいるのだろう。


「何か、あったの?」


そっと尋ねれば、腰に回された腕が小さく反応した。
ヒノエが態度に出すなんて珍しい。
だが、それほどまでに彼が気にする「何か」とは一体何なのだろう。


「別に、何も無いけど?」
「嘘つきだね。これだけ密着してれば、ヒノエの動揺も伝わるんだよ?」


何があったの?と、もう一度問う。
ヒノエの顔が見えるように、身体を斜めにずらして。
じっと彼の瞳を見つめれば、暫くしてから諦めたように溜息を一つ。


「鎌倉で、さ。将臣と別れるとき、お前は何を視たんだ?」
「え……」


今度は浅水が身体を固くした。
確かに将臣と別れる間際、白昼夢を見た。
けれど、それは誰にも言っていないし、何より、寝ている時以外に先を視たことなとど今までない。
それはヒノエだって知っているはず。


「何、で?」


声が震えたのが分かった。
自分が先に何を視ているのか、ヒノエは知っているのだろうか?
出来ることなら、ヒノエには知られたくないのに。


「だって、珍しいだろ?今まで将臣とはあまり接点を持たなかった浅水が、いきなり走り出してまで別れの言葉なんて」
「でも、それはヒノエが知らないだけで、将臣とはそれなりに……」
「嘘だね」


みなまで言う前に言葉を遮られる。
それが、思っていたより強い口調だったせいか、浅水はぱたりと口を閉ざした。


「望美の捜し人が浅水なら、将臣とも従兄弟だろ?未だに望美に告げてないのに、不用意に将臣に近付いてバレないとも限らない。アイツも、結構鋭いからね」


ぐうの音も出なかった。
確かに、将臣は妙に鋭いのだ。
それが夢見の力の代わりに授かった物かどうかは分からないが。
将臣にあまり近付かなかった理由の一つが、それでもある。


「見事な推察ね」
「伊達に別当やってないからね。それに、浅水のことなら何でも知っておきたいしね」


浅水の髪を弄りながら、得意げに言うヒノエに脱帽する。
もし、浅水のことを──浅水に限らずとも──全て知りたいとなれば、烏を使ってでも二十四時間監視の目が付くのだろう。
ヒノエならやりかねない。


「恋は盲目、とはよく言った物だわ」
「何か言ったか?」
「別に。何でも知っておきたい、っていう気持ちは分からないでもないけど、監視なんかは冗談じゃないからね」


先に釘を刺せば、そんなことはしないという返事が返ってくる。
だが、それも本当かどうか。
ヒノエのことだから、多分本当なのだろうが。


「もちろん、浅水が嫌がることはしないさ。それで?オレは質問の返事をもらってないけど」


このまま話を逸らすことも適わないらしい。
どうするべきか。
一瞬の逡巡。
でも、それを顔には出さない。


「何も、ヒノエが心配するようなことは視てないよ」
「ふぅん」


面白くなさそうに答えるヒノエに、何か気付かれただろうかと、内心冷や汗が流れる。
引きつりそうになる頬を必死に堪え、じっとヒノエを凝視する。


「……なら、そういうことにしておこうか」


ようやく返ってきた言葉にほっとするが、深読みすれば信用していないという証拠。


「で?将臣に何を言ったわけ?」
「は?」


ぱちぱちと数回瞬きをして、首を傾げる。
何を、というのは、何だろう。


「だから、わざわざ走ってまでお前が将臣に伝えたこと。何なのか興味があるね」


理解できなかった浅水に、再びヒノエが言い直す。
今度はちゃんとわかりやすい言葉だ。


「別に、普通の別れの言葉だけど……」
「そう。ならいいけど」


ここまで来て、ヒノエが妙に突っかかってきた理由が分かった気がする。
多分、思春期の少年少女に良くあるアレ。
ましてや、それが気になる人だったら尚更。
そう思うと、思わずくつくつと笑いがこみ上げてきた。
やっぱり、大人びて見せてもヒノエも子供なのだ。


「浅水?」


突然笑い始めた浅水を、不審そうに見つめてくる。
本人の為に、ここは一つ黙っておいてあげようか。
多分、言ったら最後、否定されるに決まっているから。



その感情の名が、嫉妬だと言うことを。










いつもに比べて無駄に会話が多い。しかも、内容がない……
2007/6/4



 
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