重なりあう時間 | ナノ
鎌倉編 拾参





捌拾捌話
 縮むのは喪失までの距離






「まさか、そんな……この私が、敗北……?」


呆然と、信じられないように呟く彼の人は、その事実を認めたくないのか、緩く首を振っている。
それほどまでに、自分の勝利を過信していたのか。
挫折を知らない者は、一度それを知ってしまうと、あまりにも、脆い。


「神子、封印を」


このときを逃してはならぬ、とリズヴァーンが望美を促せば、しっかりと前を見据えて頷く。


「惟盛、今ここであなtを封印する!」


ハッキリとそう宣言すれば、惟盛の瞳が恐怖に揺れる。
一度死んだ身とはいえ、封印されるのは恐ろしいのだろうか?
敦盛は、封印されることを望んでいるようだったが。


「めぐれ、天の声!

 響け、地の声!」


望美の声が響き渡る。


「い、嫌だっ!消えるのは嫌だ……っ!!」


惟盛の声を聞いて、望美の表情が一瞬だけ、翳る。
小さく目を閉じ、キュッと唇を噛んで、更に言葉を紡ぐ。


「かの者を封ぜよ!」


封印の言葉を言い終われば、その直後、惟盛の姿が淡い光に包まれる。


「父上、助けてください……父上っ!」


次第に透けていく自分の身体を見て、半狂乱になる惟盛に、敦盛の視線が注がれる。
浄化される惟盛を見て、彼は今何を思うのか。


「敦盛」


そっと名を呼べば、大丈夫だと力ない返事が返ってくる。
同じ一門の者が封印されるのを見るというのは、どんな感じなのだろう。
敦盛に書ける言葉を見つけられないでいると、そっと肩を抱かれた。
誰が、と思い振り返れば、そこにいたのはヒノエで。
その顔を見上げれば、小さく首を振られた。
何も言うなということだろうか。
そう思ってから、ヒノエも自分と同じ気持ちなのだと悟る。
誰も、敦盛と同じ立場にはなれない。
だから、敦盛の気持ちは、敦盛だけの物だ。
他人がとやかく言える物ではない。


「うあぁぁぁあ!」


断末魔の叫びが響く。
次第に透けていった惟盛の身体は、光が集束すると同時に弾けた。
キラキラと光の粒子が地面に降り注ぐ。
だがそれは、地に触れるか触れないかのところでかき消えた。


「……終わった、な」


どこか憔悴しているような将臣の声。
それもそうだろう。
平家にいる将臣には、惟盛も守りたかった人の一人だろうから。


「そうだね。呪詛をしていた惟盛を封じて、終わったんだよね」


将臣の言葉に同意するように、望美も言葉を続ける。
それはどこか自分を納得させているようでもあった。
だから、その後に続いた望美の言葉は、誰にも聞き取られることはなかった。


「……こうするしかなかったんだ……これ以上、被害を出さないためには……」


惟盛が消えた場所をいつまでも眺めている望美の頭に、将臣の手が乗せられる。


「何て顔、してんだよ。実際お前は良くやったと思うぜ?」
「将臣くん……」


どこかホッとしたような表情。
それに違和感を感じる。
今まで怨霊を封印してきた望美が、今のように表情を曇らせたことは無かったはず。
そして、将臣の言葉で安堵する。
これではまるで、将臣が平家にいることを知っているようではないか。
だが、望美がそれを知ることが出来たとは思えない。
例え知ったとしても、それはいつ──?
一度望美に尋ねてみるべきか。
でも、その場合は自分も将臣のことを何故知ったか、話さなければならない。


「じゃあ、俺そろそろ行くわ」


唐突な将臣の申し出に、その場の誰もが驚いた。


「何だ、お前。またどこかに行くのか?」


明らかに落胆した声の九郎に、申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「ああ。惟盛も……止めたしな。悪いが、長居してる暇がねぇんだ」


事情を話せば、将臣にも理由があるのだと理解し、九郎も納得した。
相も変わらず嵐のような将臣だが、それも仕方がない。


「残念だが仕方ないな。どうせ、また会えるんだろう?」


いつも肯定の返事が返ってきたから、今度もそうなのだろうと、期待のこもった問いかけ。
だが、今回ばかりはそうもいかなかった。


「……さあな」


いつもと違う様子の将臣に、思わず九郎の顔がしかめられる。
望美も、何も言わなかった。


「じゃあ」


短く告げてくるりと背を向けると、皆がいた方とは逆方向に歩いていく。
遠ざかっていく後ろ姿を見ていると、起きているにもかかわらず、浅水は今見ている光景とは違う光景を見た。


それは、白昼夢と言うには、あまりにも鮮明。


長い時間かと思えば、瞬きするほどの時間。


近い将来起こるであろう、運命。


自分は、それが実際に起こる未来だと理解している。
否、理解せずにはいられなかった。


「将臣っ!」


気付いたら、彼の名を呼んで走り出していた。
それに驚いたのは、みんなばかりではなく将臣も同じようだった。
思わず足を止めて、こちらを振り返る。
駆けてくる浅水の姿を見て、驚いているのが目に見えて分かる。
それもそうだろう。
自分は、必要以上に将臣と接点を持とうとはしなかったから。


「わざわざ走ってくるなんて、どうかしたのか?」


はっ、と小さく息を吐く浅水に、理由が分からない将臣は笑みを浮かべてみせる。
少しだけ息を整えてから、将臣を見る。
三年という月日が、大切な従兄弟を多少変えてしまったけれど。
それでも、本質だけは変わらない。
変わるはずが、ない。


「将臣は、死んだら駄目だからね?」
「え……?」


言葉の意味が分からなくて、思わず聞き返す。
だが、浅水はそれ言うつもりはなかった。


「元気で」


別れの言葉を口にすれば、まだ訊きたいことはあるのだろうが、それ以上口にすることがはばかられた。
後ろ髪を引かれる思いで去っていく将臣を、浅水は姿が見えなくなるまで──帰ろうと言われるまで──見つめていた。





自分が将臣と会えるのは、多分これが最後だろうから。





だから、別れの言葉くらいちゃんと言っておきたかった。










鎌倉編は次回で終了です
2007/6/2



 
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