重なりあう時間 | ナノ
鎌倉編 拾弐





捌拾漆話
 捩じれた言い種






銘々に武器を構え、怨霊へ向かい立ち向かう。
そんな中、浅水は武器も構えずにみんなの姿を見ていた。
戦っている場所からは多少距離があるため、こちらに飛び火することはあまりないだろう。
それに、何故かは知らないが、自分の隣には弁慶の姿がある。


「……弁慶は、戦闘には参加しないの?」
「残念なことに、僕の目には怨霊の姿が見えないんです」


素晴らしくにこやかに、それでいて爽やかに言ってのけた人物に、頬が引きつるのを感じた。
嘘だ。
あれほど巨大な怨霊が見えないはずはない。
ということは、戦いたくないだけか。
白龍の神子である望美が戦っているのに、それを守護する八葉が戦闘放棄とは、許される物なのだろうか。
否、許されるはずがない。


「何ふざけたこと言ってんだか」
「酷いな、僕が君に嘘を吐いたことがありましたか?」


傷ついたような表情で尋ねてくる弁慶に、この顔に騙されてはいけないと本能が叫ぶ。
過去、何度弁慶に嘘を吐かれたことか。
軍師という肩書きもあるせいか、今は必要な嘘ならいくらでもつく。
いや、必要な嘘ならいくらでもつくのは、昔も今も変わらない。


「……心当たりは山のようにあるから、それについては是と言わせてもらうわ」
「否定できないのが心苦しいですね」


弁慶が苦笑を浮かべているらしい様子が伝わる。
戦いには参加できないなら、せめてみんなの姿を見ておこうと、浅水の視線は真っ直ぐに前を捉えたままだ。
剣を構えた望美が鉄鼠に斬りかかり、それに続いてヒノエや九郎たち、近距離からの攻撃がくわえられる。
そして、それを援護するように、譲と景時の攻撃が続く。
絶え間ない攻撃に、さすがの怨霊も無傷とはいかなかった。


「それで、弁慶がここにいるのはどうして?」
「僕がここにいるのは迷惑ですか?」
「誤魔化さないで。本当なら、弁慶も戦闘に加わってるはずでしょ」


再度、自分の隣にいる理由を尋ねても、飄々とした答えしか返ってこない。
それに多少、苛立ちを感じる。
自分はまだ、あの中に入ることは出来ないのに。
弁慶は、みんなと一緒に戦えるのに。
悔しくて唇を噛みしめれば、ぽんぽんと頭を撫でられた。


「焦る必要は何もありません。あなたは、あなたの出来ることをすればいい」
「弁慶……?」


何を言っているのか分からなくて、思わず弁慶を見た。
自分の出来ること。
一体何があるというのか。
望美のように戦えるわけでも、封印が出来るわけでもない。
唯一、夢で先を見ることと、気を感じられるだけ。


「僕がここにいるのは、あなたのことが心配過ぎて、どうしようもない人に頼まれたからです。もちろん、僕の意志もありますけどね」


その言葉に、彼はどんな顔でこの叔父に頼んだんだろう、と思わず想像してしまう。
多分、不本意ながら、といった感が否めない。
またヒノエには心配させてしまったと思うと、申し訳なかった。

ただ、守られるだけは嫌。
そう思って、武器を手にした。
それなのに、ただこうして手をこまねいているだけでは、守られているのと変わらない。

自分に出来ることは、自分で。
せめて戦闘に参加できなくとも、自分の身に降りかかる火の粉は、自分が振り払わなくては。
す、と頭の芯が冴えていくのを感じた。


「私が出来ることは、とりあえずヒノエを心配させないことかな」
「僕も心配している、とは思ってくれないんですか?」
「あぁ、ゴメン。ちゃんとわかってるよ」


弁慶の方を向いて答えれば、よくできました、というように微笑み返された。
焦る必要は何もないのだ。
一つ一つ、出来ることから始めればいい。
そう思い、そっと自分の武器に触れてみる。

この小太刀は、まだ使わない。

来たるべきときが来るまでは、このままで。

そのときが来たら、神々の力を借りよう。


「何か、すっきりした。ありがと、弁慶」
「いいえ、僕は何もしていませんよ」
「それでも、礼を言わせて。ありがとう」


何事も冷静になって考えれば、簡単に答えは見つかるのだ。


「どういたしまして」


お互いに顔を見合わせ、ちょっとだけ綻ばせる。


「やっぱアンタに任せたのは間違いだったな」


そんなとき聞こえてきた声に、思わず声の主を捜さずにはいられなかった。
首を巡らせる間に、腰を抱え込まれ、固定される。
抱き締められていると理解したのは、ふわりと香る彼の匂いを感じた瞬間。


「ヒノエ!」
「姫君の心は落ち着いたみたいだね」
「戦闘の最中にやってくるなんて、随分と余裕なんですね」


浅水を取られたことへの当てつけか、問い詰める言葉の節々に棘が見える。


「まぁね。そろそろ終わるんじゃない?ホラ」


そう言って、ヒノエが怨霊を指差せば、望美が白龍と一緒に術を使うところだった。


「「龍神咆!!」」


二人の術が鉄鼠に向けて放たれる。
直撃を受けた鉄鼠は、跡形もなく消滅した。


「毎度のことながら、さすがですね」


素直に感嘆の言葉を言う弁慶は珍しい。
だが、それは望美のことを認めている証拠なのだと分かる。


「クッ……私の可愛い鉄鼠を!……何と非道なことを……」


鉄鼠が消滅したのをみると、惟盛は小さく身体を震わせながら顔をしかめた。
この辺りは生前とさほど変わらないのかもしれないが、鉄鼠を可愛いと言うそのセンスだけは受け入れがたい。
そう思ったのは浅水だけではないようで。
よくよく見れば、他にも数名、乾いた笑みを顔に張り付かせている。


「お前の負けだ、惟盛。怨霊は封じられた。いい加減諦めろ」
「……怨霊は封じられた?」


将臣の説得に、惟盛は不思議そうな顔をしている。


「何を勝ち誇っているやら。怨霊はおりますよ。えぇ、この私がいます」
「惟盛っ!」


何を、という将臣の声は、惟盛の耳には届かなかった。


「不死の力を持つ私が、あなたなどに屈するはずはないのです!クククッ、あなた方に、私を封じることが出来ますか?」
「やってみせる!」
「死になさいっ!」


惟盛が武器を構えたのを見て、望美たちも慌てて身構えた。










戦闘シーンはやっぱり苦手と判明
2007/5/31



 
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -