重なりあう時間 | ナノ
鎌倉編 拾壱





捌拾陸話
 露見した醜態の別の名はなに






目の前を慌ただしく駆けて行く御家人たち。
声を張り上げ、指示する場所は鶴岡八幡宮。
一体そこで、何があったというのか。


「みんな慌てて走ってるけど、どうしたんだろう?」


目の前の光景に呆気にとられ、たいした危機感も覚えない望美は、ぼんやりと駆ける人を眺めていた。
九郎はちょうど側へ来ていた御家人を捕まえ、事情を聞いている。


「九郎様、彗星です!巨大な彗星が出現したのです!!」


少々動揺しているらしいその御家人は、何が起きたのかだけを告げると、そのまま一目散に駆けていった。
彗星は凶事の先触れだ。
だから、騒然となるのも分かる。
だが、今の状況を見るに、何かが起きているのも確かだろう。


「彗星……凶兆だな」


ぼそりと呟くリズヴァーンの言葉に、弁慶が考え込む。


「彗星の出現は、三つの呪詛を解除した影響かもしれませんね」


それまでは何もなかったのに、最後の呪詛を消した途端の彗星騒ぎ。
考えられるのは、それしかなかった。


「確か、鶴岡八幡宮とか言ってたな。とにかく行ってみようぜ」


行き先を思い出しながら、とりあえず現場まで行ってみるのが先。と、ヒノエはみんなを促した。
おそらく、考えていたのは誰もが一緒だったのだろう。
ヒノエの言葉が終わるや否や、その場から駆けだしていた。










鶴岡八幡宮へたどり着けば、すぐさま周囲に目を遣る。
変わった物や、変わった人がいないかを確認するためだ。


「あそこに誰かいるみたいだね」


浅水のちょうど正面に、誰かの後ろ姿が見えた。
その人物とは多少距離があり、後ろを向いているために顔は見えない。
だが、明らかに一人、異彩を放っている。
警戒しながら近付けば、何か独り言を言っていたようで、次第にそれが耳に入ってくる。


「……されました。怨霊よ、地に満ちるが良い。あまねく人間に我が一門の力を思い知らせてやりなさい」


ハッキリと耳に聞こえてきた言葉に、今回の呪詛はこの人物がやったことだとわかった。
着ている物は華美で、上等な布を使っているのが分かる。
顔は未だに見えないが、多分、貴族なのだろうか。
だが、先程「我が一門」と言っていたことから、目の前の人物が自分たちの捜し人なのだろうと悟る。


「そこまでだ、平惟盛!」


一人駆け出し惟盛の正面へ回ると、九郎は剣の切っ先を惟盛へ向けた。
それに続くかのように、みんなでぐるりと惟盛を囲む。
これで簡単にこの場からは逃げられまい。


「何ですか、騒々しい。東国の田舎侍はこれだから嫌なのですよ」


フン、と鼻を鳴らして渋面そうな顔をする惟盛は、本当に嫌悪しているらしい。
それを見て、惟盛ってこんな人だったっけ?と浅水は眉をしかめた。
自分が知っている惟盛は、目の前にいるような態度を取るような人物ではなかった。
物腰も優しく、自然をこよなく愛していたはず。
それなのに……。


「惟盛殿は……生前とはまるで変わられてしまった」
「そうだね。私もそんなに面識はないけど、聞いていた人となりと全然違う」


目の前の光景が信じられない、といったように、敦盛が痛ましそうに顔をしかめた。
確かに、多少なりとも生前の平惟盛という人物を知っていたら、この豹変した姿に驚くだろう。


「源氏の氏神で、何をしようとしていたんだ!」
「知れたこと。八幡神の加護を奪い鎌倉を阿鼻叫喚の巷にするのですよ」


譲の問い詰めにも、楽しそうに返事を返す。
それを見ていた敦盛が、小さく息を吐いた。
一歩前へ出て、惟盛との距離を詰める。


「惟盛殿……あなたが、そのようなことを望まれるとは……私は、あなたを止めねばならない」


辛そうな顔をしているのは見て取れた。
いくら一門を抜けたとはいえ、敦盛の身体に流れるのは平の血だ。
たとえ怨霊であったとしても、それだけは変わらない。


「おや、裏切り者がいる。哀れなものですね。一門から相手にされず、とうとう敵の元へと走りましたか」
「…………」


自分の前へ出た敦盛を見ても、惟盛の態度は変わらない。
それどころか、寧ろ侮辱とも取れる言葉を投げてくる。
それが許せなくて。
ぐ、と唇をかんで惟盛を睨み付ける。
そのまま詰め寄って、怒鳴りつけようとしていた浅水の肩を、誰かが軽く叩いた。
誰だろう?と肩越しに振り返れば、そこに見えたのは将臣の姿。
そういえば、将臣も惟盛を捜していたと言っていたような気がする。


「よく喋る奴だな」
「あなたは……!」


将臣の正直な感想に、惟盛の顔色が変わった。
多分、驚いたのは将臣がこの場にいたことだろうか。


「確かに、平家から見れば敦盛は、一門に弓を引いた裏切り者かもしれねぇな」


いったん言葉を区切り敦盛を見れば、敦盛は俯いたまま地面を眺めていた。


「だが、戦に関係ねぇ奴を喜んで巻き込むお前よりはマシだと思うぜ」
「何を偉そうに……いったい何様のつもりですか!?」


惟盛と将臣の会話を聞いて、あれ?と思う。
どうやら将臣の方はそうでもなくても、惟盛は将臣のことが嫌いらしい。
そこで還内府──平重盛──は、惟盛の父親だったことを思い出す。
要は、自分の父の名を騙っている将臣が気に入らないのだろう。


(まぁ、父親でもない人が、父の名を騙っているっていのは、いい気はしないか)


惟盛が将臣を嫌う理由を知り、思わず納得してしまう。
笑ってしまいたいところだが、さすがにそれもできずに、浅水は地面を向いたまま小さく肩を震わせた。


「お前に余計なことをされちゃ、こっちも困るんだよ」


低い声で呟かれた言葉は、極身近にいる人にしか届かない。
だが、惟盛には聞こえるようだ。
これだけの人数に聞かれたくないことと言ったら、将臣自身のことか。
そうなると、今は平家でのことを話しているのだ。


「今ならまだ見逃してやる。もうこんなコトはしないと約束しろ。そうすれば……」
「冗談じゃありませんね。私の企てであなたが不快になるというなら、ますますやる気が出てきましたよ」


将臣に皆まで言わせず、自らも発言するという形で口を挟んだ惟盛が満面の笑みを浮かべる。
それを見た将臣は、諦めたように溜息と一緒に声も吐き出した。


「……説得して聞く相手だったら、こんなコトにはなってねぇよな」


その言葉が、始まりの掛け声。
鞘から刀を抜きつつ、望美も惟盛に近付く。


「惟盛、私たちはあなたを止めに来た」


力強い宣誓。
それは、揺るぎのない決意。
望美は自分のやるべきことを知っている。


「戦ってでも、止めてみせる」


そう言って望美が構えれば、自然と周りも武器を構え始める。
じりじりと間合いが詰められていくというのに、惟盛の態度は変わらない。
それどころか、どこか楽しそうに笑んでいる。
どこにそんな自身があるのだろうか。


「ええ、止めてご覧なさい。止められるものならばね!行きなさい、怨霊・鉄鼠。愚昧な者どもに我らが力、教えてあげなさい!」


高らかに惟盛が告げると、惟盛から少し離れた場所に怨霊が現れた。


「アレがいたから、あんなに余裕だったのね」


チッ、と小さく舌打ちして、みんなの邪魔にならない場所へと避難する。
戦って戦えなくはないが、実戦経験がない自分は、とりあえず戦闘に慣れることが必要なんだろう。


「みんな、行くよ!」


望美の掛け声と共に、戦闘が始まった。










戦闘……どうしようかな(笑)
2007/5/29



 
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