重なりあう時間 | ナノ
鎌倉編 拾





捌拾伍話
 照れながら悟ったこと






景時の式であるサンショウウオは、呪詛である人形をくわえて池から戻ってきた。


「うわ〜、さっそく嫌な物を見つけちゃったみたいだね」
「何を今更。早く見つかって良かったじゃないですか」
「そうそ、わざわざ池の中に入って探すこともなかったしね」


景時の言葉に鋭く反論する二人の息は、見事に合っている。
それでいて、普段は顔を合わせるたびに悪態を吐くのだから、仲が良いやら悪いやら。
まぁ、悪態を吐くのはもっぱらヒノエで、弁慶はそれに見合った返事を返しているだけだが。


(昔はそうでもなかったと思うんだけど……)


そう思い、少しだけ過去を振り返ってみるが、ヒノエと初めて会ったときは、既にその片鱗を見せていたような気がする。


「翅羽?」


じっと二人を見ていた浅水に、ヒノエから声がかかった。
ハッと我に返ると、何でもないと小さく首を振る。
二人のことを考えていた、などと話したら、それこそヒノエは弁慶について辛辣に語るのだろう。
そして、それを耳にした弁慶が、更にヒノエの上を行く毒舌を吐く。
まるでその光景が目に見えるようだ。


「……この人形、凄く嫌な感じがする」


サンショウウオの傍らに膝を付いていた望美が、小さく呟いた。
望美がそう感じたのなら、やはり呪詛なのだろう。


「神子、呪詛を」
「はい、先生。確か呪詛を消すには……触るだけで良かったんだよね?白龍」
「うん、神子は清浄だから。呪詛に触れれば、穢れは消えるよ」


白龍に確認してから呪詛に触れれば、望美が触れた場所からまばゆい光が溢れ始めた。
光は人形全体に広がり、広がりきったところで端の方から徐々に消えていく。
その場から光が消えたときには、そこには初めから何もなかったかのように、何も残っていなかった。
その事に、浅水は思わず舌を巻いた。
白龍の神子として、望美が怨霊を封印する姿は何度か見てきた。
だが、呪詛を消したのを見たのは、これが初めてである。


祝詞も、何もいらない。

ただ触れるだけで呪詛を消してしまえるなんて。


これも、龍神の神子の力なのだろうか。


「先輩。呪詛の人形に触って、平気なんですか?その……体調とか」


譲の言葉にハッとして望美を見る。
だが、当の本人は何でもなかったかのように、キョトンとしている。


「平気だよ?全然、痛くもかゆくもないもん」
「良かった……」


ホッとしたように息を吐く譲は、本当に望美が好きなんだと思う。
先日のことを差し引いたとしても、譲は望美を嫌いになんてなれるはずがないのだ。
それは、浅水だけじゃなく、将臣だって知っている。
そこで、そういえば、と思い出したことがあった。


「ねえ、九郎。そういえば九郎も昨日、呪詛に触れたはずだよね?何ともないわけ?」
「ん?そういえば……何ともないな」


尋ねれば、此方も今思い出したように、自分の手や身体を見回している。
どこも異常がないと聞いて安心したが、どうも九郎に対しては自分も素直になれないらしい。
これも、第一印象が悪かったせいか。


「ま、九郎の場合何かあっても気付かなそうだけどね」


ボソリと口の中で呟けば、ヒノエと弁慶が同時に吹き出した。
側にいた景時は、突然吹き出した二人に首を傾げているから、どうやら聞き取れなかったのだろう。
地獄耳、と内心呟いて二人を小さくねめつける。


「それにしても、すっごいね〜。望美ちゃん、神子様って感じだったよ〜」


話を逸らすように、景時が望美を手放しで褒めれば、彼女は照れたように笑顔を見せた。


「でも、景時さんだって凄かったですよ。式で呪詛の人形をすぐに見つけちゃったし」
「そ、そうかな?望美ちゃんに言われると嬉しいよ」


そう言って、景時はチラリと朔へ視線を走らせた。
いったい何だったのだろう?と不思議に思ったが、次の景時の言葉で理解した。


「オレって本当に凄いかも、何て思っちゃうよ〜」


身内には厳しい朔のことだ。
こんなことを言って、また何か言われるんじゃないかと思ったのだろう。
だが、朔の口からは何も出てはこなかった。


「いや、謙遜なさることはありません。本当に、見事な式の使いぶりでした。私ももっと腕を磨かなくては……」


それどころか、一部始終を見ていた僧にまで感心された。
これでは、さすがの朔も何も言えないのだろう。
僧は、ぶつぶつと呟きながら、その場を離れていった。


「あの僧も、景時さんの実力に触発されたみたいですね」


去っていく僧の後ろ姿を眺めながら、譲が言えば、景時は控えめに照れていた。
やはり、ここであからさまにすれば後々朔に何を言われるか、内心冷や汗ものなのだろう。


「これで噂にあった三つの怪異を解決したね」
「そうね。惟盛はどこにいるのかしら……」


目の前の問題を解決したことに、手放しで喜ぶ望美だが、朔はそうでもないらしい。
既に、次のことについて考えている。


「ま、ここで考えてたってしょうがねぇだろ。まだ他に、怪異があるかもしれねぇしな」
「そうですね。なら、町に戻りましょうか」


このままこの場にいても仕方がない。
そう理解すれば、いったん町へと戻ることになった。





集団で移動するからには、やはり横一列で歩く訳にもいかず。
浅水は、ヒノエと並んで最後尾にいた。
しかも、微妙に前との距離が空いている。
弁慶は九郎と話があるらしく、少し前を歩いている。
浅水は、少なからずほっとした。
ヒノエと弁慶に挟まれるのは嫌ではない。
嫌ではないが、一対一でいるときよりも格段に疲れるのだ。


「浅水、ホントに陰陽術を覚えるつもりかい?」


星月夜の井で言ったことをまだ覚えていたのか、ヒノエがその話を持ってきた。
てっきり、もうその話は終わったと思っていたから、話題に出されると少々困る。


「どうだろうね。確かに、結界解除とかは使えたら便利だと思うけど」


それは本心からだった。
以前、京でリズヴァーンに会いに行ったとき、結界に阻まれて先へ進むことが出来なかった。
後日景時に結界を解除してもらったが。
そのときに、陰陽術を使えたら、と何度思ったことか。


「お前にはそんなに力があるのに、まだ力を望むのか?」
「どういうこと?」


ヒノエの真意がわからなくて、思わず首を傾げる。
一体自分のどこに力があるというのだろう。


「お前の持ってるその小太刀。どうして加工したか理由は知らないが、元は舞剣だったやつだろ?」


腰元を指差され、思わずそれに手を這わせる。
望美たちは気付いていなかったが、さすがヒノエ。
これが何か分かるのだろう。
このままではただの小太刀だが、あることをすれば強大な武器にもなる。
往来だからか、さすがにその場で抱き締めるということはしなかったが、ぎゅっと手を握られたのが分かった。


「これ以上、お前が強くなる必要なんかない。何があってもオレが守ってやる。だから……」


真摯な目で語る。
だが、それ以上は続かなかった。
理由は知らないが、先を行く望美たちが足を止めたのだ。
自然、二人の距離も縮まり、みんなに合流する。
何かあったのか、と前を見れば、慌ただしく走る人たちの姿が見えた。










次回、なるか惟盛登場!(笑)
2007/5/27



 
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