重なりあう時間 | ナノ
鎌倉編 玖





捌拾肆話
 端の方をちょっとでいいから






翌朝、朝餉を食べて一息吐いた後、浅水たちは隠れ里稲荷へと向かうことにした。
既に調査は済んでいるから、後は目的の呪詛を探して消すだけ。
それだけならば、何も大勢で行くことはないのに、と小さくぼやく。


「怪異を全て消した後に、何があるか分かりませんからね。用心するに超したことはありませんよ」


小さく笑みを浮かべながら言う弁慶だったが、その裏には一人だけ楽しようとは思うな、という意味が含まれている。
どうせ弁慶には適わないと悟っている浅水は、肩を竦めることで了解の意を伝えた。





隠れ里稲荷へやってくると、何かおかしな場所はないかと銘々に探し始める。
だが、見た感じ妙な気配は感じられない。
もしや、いざとなったら夜まで待つつもりなのだろうか。
そう考えて、ゾッとした。
このまま夜まで待つなんて冗談じゃない。


「おや、またいらしたのですか?」


不意に現れた男性が、弁慶や景時を見て声を上げた。
どうやら顔見知りらしい。
となると、昨日得た情報はおおかたこの男性から聞いたのだろう。


「ええ、もう少し調べようと思って」
「そうですか。もし私で力になれるのならおっしゃってください」
「ありがとうございます」


申し出た僧に、愛想のいい返事を返した後、再びどうするかと顔をつきあわせる。
本当に狐火が出るのなら、この辺り一帯を祓うのも手だ。
だが、それでは望美の為にならないのも知っている。
もしこれが本当に呪詛ならば、望美がその呪詛を消した方がいい。
それなのに、これだけ頭数がいるにも関わらず、一向にいい案は出てこなかった。


「……もしかしたら、これは自然現象の一種じゃないでしょうか?」


しばらくして、考え込んでいた譲が小さく呟けば、一斉に視線が譲へと注がれる。
まるで、藁にでもしがみつくように。


「譲くん、自然現象って言ったって、キツネビだよ?それはないんじゃないかな〜」


景時の質問は至極もっとも。
それに同意するかのように、いくつもの頭が上下に振られた。


「でも、俺たちの世界では科学的な説明も付いてるんですよ」


そうだよな?と譲は将臣と望美に同意を求めたが、確実に求める相手を間違えたと思う。
実際、浅水のことを知らないから、同じ世界から来た将臣と望美に言ったのだろうが、いかんせん。
将臣は三年前に此方の世界へ来てから、その記憶をフル活用させているようだが、譲の問いには曖昧に笑って誤魔化しているのがわかる。
望美に関しては、頭の上に疑問符が浮かんでいるのが目に見えるようだ。
目を白黒させながら、必死に頭の中を探している。


「ええとですね、キツネビが現れる理由の大半は、池なんかで自然発生したメタンが燃える現象だと言われているんです」
「火なのに、池から?オレは水剋火とか考えるんだけどな〜」
「池から火が出るなんて、思いもしませんでしたね」


譲の説明に思わず拍手してみせる二人に、浅水も内心口笛を吹いた。
そんな科学的なこと、この世界では一切無縁だったから、自分もすっかり忘れていた。
何かと昔から、譲は妙なところで博識だった。
それを今回ほど有り難いと思ったことはないだろう。


「では、試しに調べてみよう。何か分かるかもしれない」
「そうだね。譲くん、池のどの辺りか分かるかい?」
「俺も自信がある訳じゃありませんよ?」


一言、断りを入れてとりあえず池の側まで移動する。
目の前に広がる池は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。
池の底には泥が溜まっていて、とでもじゃないが肉眼からは何も見えそうにない。


「確か……池の底の有機物が腐敗して、メタンが生じるんじゃなかったかな?」
「おいおい、大丈夫かよ」
「兄さんは黙っていてくれないか?」


記憶を思い起こしながら言う譲に、思わず将臣が不安そうに声を掛ける。
それが気にくわなかったのか、ぴしゃりと固い口調で反論される。
そうすれば、これ以上口を出す気はなかったのか、将臣は大人しく口を噤んだ。


「でも、この池の底の泥を調べるのは、大変でしょうね」


先を思いながら溜息を吐く譲に、確かにその通りだと納得した。
もう秋も深まってきているというのに、池の中に入って呪詛を探すとは誰も思いはしなかっただろう。
それに、こうも汚くては、見つかる物も見つけられそうにない。


「ああ、大丈夫大丈夫。このくらいの池だったら、オレに任せといてよ」


パチンとウィンクをしながら得意げに話す景時に、朔の冷たい視線が刺さる。
それを感じているからだろうか。
景時が朔の方を向こうとしないのは。


「大丈夫って。景時さん、何か考えでもあるんですか?」


ことりと望美がみんなの胸中を口に出した。


「もちろん。これくらいなら、オレの式神で軽〜く調べちゃうよ」
「式……?」


そう言って銃を取り出すと、なにやら口の中で呟いている。
陰陽術では何というのか分からないが、多分、自分たちが使う祝詞と似たような物だろう。
浅水はそう思った。
呟きが終わると同時に銃の引き金を引けば、何かが池の中へと入っていくのが見えた。
おそらく、今池の中へ行ったのが式神なのだろう。
しかし、あの姿は……。


「……これでよしっ、と」


無事に式が池の中へ行ったのを見届けてから、景時は銃を再びしまい込んだ。


「今のは……サンショウウオ?」
「私、初めて見るかも……」


望美と譲が呆然と呟くのを聞いて、景時は曖昧な笑みを浮かべた。


「魚とか鳥とか、もうちょっと格好いい式を使えたらいいんだけどさ。オレが使える式って、動きが速くないものばっかりなんだよね〜」


あはは、と笑ってみせるが、その笑いは力なく、どちらかというと乾いていた。
景時自身、あの式にあまり満足できていないのかもしれない。


「俺は凄いと思いますよ?」
「……ねぇ、景時。私も陰陽術って使えるかな?」


くい、と袖の裾を掴みながら景時を見上げれば、驚いたようにパチパチと瞬きしたのが分かった。
それほどまでに、自分は変なことを言っただろうか?


「え、翅羽ちゃんも?そりゃ、勉強すれば出来るようになると思うけど……」
「翅羽、お前ね。仮にも神職のクセに、陰陽術にまで手を出すつもりかい?」
「いや、使えたら便利そうだし」
「まぁ、学びたいと思うことは悪くないと思いますけどね」


浅水の発言に、ヒノエと弁慶までもが口を出してきた。
二人とも、協力的なのかそうでないのか、よく分からない。
景時に至っては、二人が口を挟んだ時点で顔に笑みを張り付かせたままだ。
この場で言うべきことじゃなかったと、浅水は後悔した。
どうせなら、二人の邪魔が入らない場所で、景時と二人きりのときに言うべきだった。
さて、どうしようかと次の言葉を探していたときだった。


「あっ、景時さんの式が戻ってきたみたい」


池を眺めていた望美の言葉に、二人の意識が浅水から逸れた。
それに安堵して、自分も池の方を見やる。
暫くして、池から上がってきたサンショウウオは、その口に何かをくわえていた。










とりあえずここで切ります
2007/5/25



 
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