重なりあう時間 | ナノ
鎌倉編 捌





捌拾参話
 浮かれてるのは…うん、認める






夜も深まった頃。
浅水は庭へ出て星を眺めていた。
今日は朝からさんざんだったような気もするが、結果としては上々だろう。
怪異だって、二つは消すことが出来た。
熊野を出てから久し振りにまともな仕事をして、多少の疲れを感じていたが、それだって心地いいくらいだ。
もしかしたら、今日はこのまま眠れるんじゃないかと思う。
だが、そう思う反面、寝ても再び夢を見そうで怖かった。
懐を捜し、昨夜ヒノエからもらったお守りを取り出し、目の前に掲げる。
そうしてから、両手でぎゅっとそれを抱き締める。
困ったときに神頼み、とはよく言った物だ。
ましてや、神職となった自分がそれをするとは。


「今までは、したことなんか無かったのにな」


目の前にお守りを掲げ、小さく呟く。
今までは、どれほど見たくない夢でも、自分の中で無理矢理納得させて消化していた。
そう、弁慶がしたことも。
けれど、今回ばかりはどうも勝手が違う。
すでに理解はしているし、納得もしているはずなのに。

夜になると、夢が怖くて眠れない。

このまま、現実にならなければいいのに。
そう願ったところで、その願いが叶えられないことは浅水自身がよく知っていた。


「これじゃ譲と同じだわ」


がっくりと肩を落としながら、お守り袋の紐を指でもてあそぶ。


「誰が譲と同じだって?」


背後からザリ、と地面を踏む音が聞こえる。
振り返ってみたが、月の光を背にしているため、その顔は影で隠れている。
それが誰かは、問わずとも分かった。
自分が彼のことを間違えるはずはない。


「ヒノエ」
「相変わらず、お前は月が好きなんだな」


そう言いながら浅水の隣へやってくれば、ふわりと肩に着物が掛けられる。
それに礼を言って胸元を押さえれば、ヒノエは浅水の手の中にあるお守りに気付いた。


「ソレ、持っててくれてるんだな」
「ヒノエが私のためにもらってきてくれた物だからね」


指差してお守りを示してきたヒノエに、それが見えるように持ち上げる。


「効果はありそうかい?」
「あるかもね」


ある、とはまだ言えなかった。
なぜなら、昨日は結局寝なかったから。
夢を見るからではなく、純粋に、昨日は変な時間に昼寝なんかをしたから、妙に目が冴えてしまったのだ。


「だったら、お守りの効果が本当にあるか、確認してもいい?」


するりと首に腕を回され、思っていた以上に距離が縮まる。
じっとヒノエの顔を覗き込んでみるが、それが伊達や酔狂で言っているのではないということが分かる。
だが、確認とはどうやってするつもりなのだろうか。


「どうやって確認するの?」
「そりゃもちろん、一晩一緒にいればすむことだろ?」


待ってましたと言わんばかりの回答に、思わず呆れたのは言うまでもない。
わざわざそんなことをしなくてもいいのに、それが浅水の素直な感想だった。
まぁ、一晩一緒にいたところで、別段熊野にいたときと変わらないから、断る理由もなかった。


「そうね……なら、部屋にでも行こうか。どうせ部屋まで来るつもりなんでしょ?」
「まぁね」


いかにも当然、と言わんばかりに返されては、素直にヒノエを部屋へ連れて行った方が正直だ。
それに、そんなことで意地を張っていたとしても、最終的にはヒノエの口先に丸め込まれるのだから。
浅水がそんなことを考えているとは露程も思わないヒノエは、部屋へと踵を返し始めた浅水の隣を歩き出した。





部屋に入れば、既に布団が部屋の中心に置いてあった。
恐らく、屋敷の女房が気を利かせてくれたのだろう。


「ヒノエは、私が寝るのを確認したら、そのまま部屋へ戻るの?」
「ん?浅水はこのままオレの沿い寝を期待してるわけ?」


大人しく布団の中へ身を潜らせながら尋ねれば、浅水の髪を梳きながら尋ねてくる。
そういうわけじゃないけど、と口の中で呟きながら、視線だけでヒノエを見る。
それに気付いているだろうに、ヒノエは何も言わない。
浅水が何か言いたいのを知っていながら、あえてそれに触れようともしない。


「ね、そうやって見られてると寝にくいんだけど」


布団の中で、手の中にあるお守りに触れながら申し出る。


「だったらどうしろって?お前が寝静まった頃に部屋にこいっていうのかい?」
「や、そうじゃないけど……」


一体どうやって伝えようか。
このままでは、自分が寝るまでヒノエはじっと自分を見ているのだろう。
いくら何でも、それは気恥ずかしかった。


「どうせなら、一緒に寝ない?それだったら、確認も出来るから一石二鳥でしょ?」
「もしかして、オレを誘ってる?」
「馬鹿なこと言ってないの。入るか入らないか、どっち?」


小さくヒノエの足を叩き、回答を求める。
暫しの逡巡の後、ヒノエはその場にごろりと横になった。


「ねぇ、確かに入るか入らないか聞いたけど、布団の外で横になることはないでしょ」
「でも布団の外で横になるなとは言われてないぜ」
「それを屁理屈って言うの。そんなとこで横になったら風引くでしょ。早くこっちにいらっしゃい」


そう言って、ぐいぐいとヒノエの腕を引っ張れば、観念したように布団の中に滑りこんで来る。
それを確認すれば、ヒノエの身体にもちゃんと布団を掛けてやる。


「浅水はもう少し恥じらいって言葉を覚えた方がいいかもな」
「お生憎様。普段は十分に恥じらいを持ってます」


普段は、ということは今はどうなんだろうか?と不意に思った。
自分にだけ恥じらいを捨てているというのなら、それはそれで嬉しいのだが。
ありのままの浅水を見れるのは自分だけだと、うぬぼれてもいいのだろうか。


「こんなことできるのは、ヒノエにだけだよ」


小さく呟かれたそれは、確実にヒノエの耳にも伝わった。
すぐさま背中を向けられてしまい、浅水の表情は確認することは出来なかった。
だが、程なく伝わってきた規則正しい寝息に、ホッと安堵のため息を漏らす。





願わくば、



自分と一緒にいるときくらい



平穏な夢を見せてあげたい──。










こんなはずじゃなかったのに……
2007/5/23



 
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