重なりあう時間 | ナノ
鎌倉編 漆





捌拾弐話
 裾を掴んでた






「とりあえず報告も兼ねて、それぞれの状況について情報を交換しましょうか」


夕刻、譲が夕餉の支度をする前に、一室にみんなが集まっていた。
情報を交換すると言っても、朝比奈に関しては呪詛を消してしまったから、これ以上調査の必要はない。
だが、それ以外の二つのことは判らない。


「隠れ里稲荷の方は、呪詛だと思うな。狐火が出るらしいんだけど、人が近付くと逃げちゃうらしいんだよね〜」
「キツネビ?」


肩を竦めながら話す景時に、望美が首を傾げながら反芻した。
狐火と言われても何のことかわからなかったのだろう。
それに、現代でわざわざ狐火と言う人もあまりいないと思う。
狐火というよりは、人魂。
そちらの方が耳に馴染みがあるのかもしれない。


「空中に浮いた火の玉……そうですね、お化け屋敷の人魂みたいなものですよ」
「あ、なるほど」


譲の説明に納得した望美が、ぽんと手を打つ。
こうして二人が話している姿は普段と変わらない。
それは敢えてそういう風にしているのか、それとも慣れなのか。
譲の場合は、敢えて普段と変わらないようにしているのかもしれないが、望美の場合は素なのかもしれない。
もしそれが演技だとしたら、相当なものだ。
だが、誰からも好かれる望美を思えば、演技だとは考えにくい。


「悔しいですが、呪詛だと知りつつ僕たちにはこれ以上何も出来ませんでした」


落胆の色を浮かべながら、弁慶は小さく首を振った。
呪詛ならば、どこかに呪詛の原因である人形があるはず。
それを見つけられなかったということは、隠れ里稲荷に再び出向かねばならないのだろう。


「やっぱり軍師ってのは、こういうことになると手も足も出ねぇんだな」
「僕の本業は戦の策を考えることですからね。呪詛までは専門外です」


小さく悪態を吐くヒノエの方を振り向き、にっこりと満面の笑みを浮かべれば、棘のある言葉が返ってくる。
だが、そんなものはどこ吹く風。
ハッ、と小さくせせら笑うヒノエに、弁慶の鋭い視線が突き刺さる。


「そう言う君が行った朝比奈はどうだったんです?そう言うってことは、何かしら進展があったんですよねぇ?」
「進展も何も、なぁ?」


同意を求めるように、将臣と九郎へ顔を向ける。
すると、将臣は小さく頷きながら頭を掻き、九郎は「あぁ」と姿勢を正したまま確かに頷いた。


「?一体何があったんですか?」


三人の態度に不思議がりながら、望美は浅水の着物の裾をくいくいと引っ張った。


「何がと言われても……ただ呪詛を消しただけ?」
「え?」


小首を傾げながら告げれば、驚いたように望美の目が見開かれた。
そのまま三人の顔を眺めてから、再び浅水へ視線が戻ってくる。
おおかた、どうやって呪詛を消したのか聞きたいのだろう。


「翅羽殿が呪詛を消されたのだな」


会話を聞いていた敦盛が小さく呟いた。
弁慶も、ヒノエの言葉から想像していたのか、何も言わない。
思えばこの二人も、熊野での浅水の立場を知っている。


「待ってください!呪詛を消したって、翅羽さんは先輩みたいに白龍の神子じゃないでしょう?」
「そうだよね〜。それに、翅羽ちゃんに何か不思議な力があるようにも見えないけど」


敦盛の言葉に思わず声を荒らげた譲に、同意するように景時の視線が向けられる。
更に、リズヴァーンや朔、望美も浅水を見ていた。
これでは説明しないわけにはいかない。
どこまで話せばいいものか……。
思案に暮れていた浅水の助けとなったのは、熊野組の言葉だった。


「景時、こう見えても翅羽だって神職にあるんだぜ?」
「神子とは多少違うが、翅羽もまた熊野の神子だから」
「でも、それならヒノエにもできそうですけどね」


ボソリと最後の方に違う言葉が出た気がする。
だが、ここで浅水が口を挟んだら、中々話が進まなさそうなので、黙っていることにした。
これから先も一緒に行動するのに、今のままでは何かと支障をきたしてしまいそうだ。


「煩いよ。オレがやるよりも、浅水の方が適役だと思ったからな」
「なら、そう言うことにしておきましょうか」
「アンタはあいっかわらず口が減らねぇな」
「その言葉、そっくりそのまま返しますよ」


バチバチと、火花が飛び交いそうな二人を視界の隅に入れて溜息を吐く。


「でも、翅羽殿が熊野の神子だったなんて……」
「じゃあ、春の京で私の後に舞を舞ったのって」
「私になるね」


あっさりと肯定してみせれば「どうして教えてくれなかったんですか!」と抗議の声が上がった。
それに笑いながら謝り、今知ったからそれで勘弁して欲しいと告げた。
渋々と了承した望美だったが、それには一つ条件があった。
それは、今度望美の前で舞を舞うこと。


「別に構わないけど……」
「なら、夕ご飯の後にでも待ってくださいね」
「はいはい」


浅水が分かったと両手を挙げれば、歓喜の声を上げたのは朔も同様だった。
出家はしていてもやはり女の子。
舞をやっていた朔は、それを鑑賞するのも好きなのだろう。


「なら、朝比奈はすでに終了と言うことでいいですね。望美さんの方は、何か分かりましたか?」
「あ、星月夜の井にも呪詛がありました」


気を取り直して弁慶が話を再開する。
問われた望美は、思い出したように告げた。


「やっぱりそうだったのか」
「んでも、その呪詛は消したんだろ?」


将臣が確認するように尋ねれば、うん、と満面の笑みを浮かべてみせる。
それを聞いて景時と譲がほう、と感嘆の溜息を吐いた。


「その呪詛の人形に触ったら、消えちゃった」
「さすが、白龍の神子姫は違うね。触っただけで消すなんてさ」


望美の言葉を聞いて、ヒノエは小さく口笛を吹いた。
そして、ヒノエのように口笛は吹かなかったけれど、浅水も感心していた。
自分は祝詞を唱えて呪詛を消したというのに、触るだけでそれを消したとは。


「役割の違い、だよ。神子は穢れを浄化する。でも、翅羽のすべきことは、それだけじゃない」


突然そんなことを言い始めた白龍に、ドキリとした。
自分のことは望美には黙っていてくれと頼んだが、それは望美だけに黙っていろと取れなくもない。
今ここで下手なことを言われては困る。


「ねえ、白龍。それだけじゃないって、なら翅羽さんの役割って何?」
「……わからない。でも、翅羽はそれだけが仕事じゃない」


その言葉に思わず胸を撫で下ろした。
もし、自分が星の一族の分家だと知っていたら、白龍は違った言葉を用意していただろう。
相変わらず抽象的な言葉に、望美が顔をしかめている。


「とりあえず、二ヶ所の呪詛がなくなったわけですね。なら、今度は望美さんも一緒に隠れ里稲荷へ行ってもらいましょうか」
「そうだね〜、白龍の神子である望美ちゃんがいれば、呪詛も分かるかもしれないし」
「はい、やってみます」


力強く頷くと、胸の前でぐっと握り拳を作った。
そこで話がいったん途切れると、夕食の支度があるからと、譲がその場から離れた。
それをきっかけに、調査報告もお開きとなった。










次回、隠れ里稲荷へ出発
2007/5/21



 
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