重なりあう時間 | ナノ
熊野編 陸





捌拾壱話
 笑って許した君






浅水たちが梶原邸へ戻ってきたとき、屋敷には未だ誰も戻っていなかった。
時刻はまだ昼を過ぎたばかり。
みんなが戻ってくるのは、もう少し先かもしれない。
それまでは自由に行動していようと、いったん解散することになった。


「とりあえず、星月夜の井には望美もついて行ってるから、朝比奈みたいに呪詛があったら浄化してくるかな?」
「見つかれば、の話だけどな」
「多分見つけるでしょ。望美意外にも敦盛とリズ先生だっているし」


浅水とヒノエは縁側に座って庭を眺めながら、お茶をすすっていた。
すっかりと秋も深まり、時折吹く風が冷気を帯びてきている。
もう少ししたら、冬が始まる。
それまでには平家との戦も何とかしておきたい物だ。


「ってことは、アイツが行った隠れ里稲荷は、調査で終わりってとこか」
「そうだね。朔が呪詛を消せるといった話は聞いてないし」


基本的に黒龍の神子である朔は、怨霊を沈めることは出来ても、封印は出来ない。
だが、宇治川で望美と一緒に封印をしたという話は聞いた。
ということは、望美と一緒ならば呪詛も消せるのだろうか?
もしそうだとしても、肝心なときに望美がいなければ出来ないのであれば、意味はない。


「黒龍の神子って、どういう役割なんだかわからないわ」


呟いて、そのまま後ろへ倒れ込む。
日の当たっていた床はほんのりと温かい。
もしここか部屋だったら、さぞかし昼寝にはちょうどいいだろう。
そう思いながら瞳を閉じれば、自分の上に影が落ちる。
つい先程までを考えれば、心当たりはありすぎる程。
ゆっくりと瞳を開ければ、案の定。
ヒノエが覗き込むようにして顔を近づけている。
よく見れば、自分の身体の両脇に腕をついているではないか。
目を開けたときのヒノエとの距離は、伸びている腕の分。
このまま自分が目を開けなければ、確実に顔がくっついていただろう。


「……何してるの?」
「まだ何もしてないけど?」


満面の笑みで返してくる言葉は、これから何かすると言っているような物だ。


「人様の家で、おいそれとそういうことはしないように」
「誰も見てないって」
「どこに人の目があるかわからないでしょ?」


どいて、とヒノエを促しても、一向にその場から動く気配がない。
一体何をしたいのか。
問いかけてみようかと、口を開きかけた次の瞬間。
ヒノエの脇腹に、見事に誰かの蹴りが入った。


「でっ!」


ようやく解放された浅水が、そのままの姿勢で足が出た方を見た。
そこにいたのは、顔面に笑みを浮かべている弁慶。
心なしか、頬が引きつっているように見えるのは、気のせいではないだろう。
その証拠に、顔は笑っていても、目が笑っていない。


「調査を終わらせて帰ってみれば、コレは一体どういうことですかねぇ?」


弁慶の視線は、浅水から数歩離れた場所で脇腹を押さえているヒノエに注がれている。
よっと、声を掛けながら腹筋で上半身を起こす。


「おかえり、弁慶。一人?」
「ただいま帰りました。屋敷の前で望美さんたちと一緒になったんです。みんな帰ってきましたよ」


見上げながら弁慶に声を掛ければ、普段と同じように接してくる。
弁慶の怒りは、ヒノエだけに向かっているようだった。


「いきなり人を蹴りつけるようなヤツに、教える義理はないと思うけど?」
「蹴られるようなことをしているのは、どこの誰ですか」
「まだ何もしてねぇだろ」
「まだ、ということはこれからするつもりだったんでしょう?」
「さぁ?それはどうだろうね?」
「質問に質問で返すなと、僕は何度言いましたっけ?」


これ以上この場にいない方がいいと踏んだ浅水は、こっそりとその場から抜け出した。
望美も帰ってきているなら、彼女にしておかなければならないことがある。
これから先も一緒に行動するのに、今のままでは何かと支障をきたしてしまいそうだ。


「望美、望美っと」


きょろきょろとせわしなく周囲を見回しながら、廊下を歩く。
しばらく望美を捜していれば、とある部屋から聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。
その部屋の前に立ち、そっと耳をそばだてる。
聞こえてくるのは望美と朔の話し声。
どうやら、たわいもない話をしているようだった。
今なら大丈夫かな、と内心考え、そっと障子を叩く。
自分の名を名乗れば、すっとそれが開かれた。


「二人とも、お帰りなさい」
「ただいま。翅羽殿たちは、先に帰っていたのね」
「……ただいま」


部屋に入ってきた浅水に、会話を中断して望美と朔が声を上げる。
だが、朔に比べると、望美の口調はどこか固い。
やはり。今朝の一件が心に残っているのだろう。
それに思わず苦笑する。


「望美?どうかしたの?」


浅水が来た途端、声に覇気が亡くなった望美に、朔が心配そうに顔を覗き込んだ。
何でもないと言って、首を振るが、その顔に浮かぶ笑みはどこか暗い。
そんな原因を作ってしまったことに、少々罪悪感を感じた。
だが、自分はそれを解消するためにここへ来たのだ。
ここで怯んでいても仕方がない。


「望美」


名を呼べば、望美はハッとして顔を上げた。
強ばっている表情は、これから何を言われるか不安だからか。
彼女の正面へと足を向け、その場に座れば同じ目線になった。
目の前に見える瞳は明らかに揺れていた。


「今朝はゴメン」
「え……?」
「翅羽殿?」


そう言って頭を下げれば、思わず望美が首を傾げた。
それにつられて朔も声を上げる。
頭を下げたまま、次の言葉を続ける。
彼女を見れないのは、自分も同じだった。


「あんなことを言わせるつもりも、言うつもりもなかったんだ。望美の気持ちも考えないであんなこと言って、ゴメン」


そのまま再度、深く頭を下げる。
それに慌てたのは望美の方だった。


「あっ、あの!そんな謝らないで下さい。今朝は私も悪かったんだし……えっと、せっかく話を聞いてもらったのに、逆にあんなこと言ってごめんなさい」


ぺこりと望美も頭を下げたのを気配で感じた。
チラリと視線だけで望美を見れば、同じような視線で返される。


「許して、もらえるかな?」
「許して、くれます?」


同時に同じ言葉を呟くと、一瞬間をおいた後、二人して吹き出した。


「ホントにゴメンね」
「もういいですって。それ以上言うなら、私も言いますよ?」
「よくわからないけど、二人ともよかったわね」


その後、無事に仲直りをした浅水と望美は、朔も交えてたわいもない話で盛り上がった。
同じ年頃の女の子と話をするのは本当に久し振りで。
その空間が、酷く懐かしく感じた。










望美と仲直り
2007/5/17

修正
2007/05/21



 
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