重なりあう時間 | ナノ
鎌倉編 伍
捌拾話
こどもは隠れるのがうまいヒノエと将臣が何を話しているのか気になった自分が愚かだった。
自分に向けて問われた言葉に、思わず回れ右をしたくなったのは言うまでもない。
「あんたら、一体何の話をしてるわけ?」
「だからお前がオレの物って話」
「だから、そうなるとヒノエが熊野別当じゃねぇのか?」
「将臣はオレがそう見えるのか?」
まるでちぐはぐな会話に、どうしたもんかと溜息を吐く。
多分、内容としてはそのどちらも間違っていないのだろう。
将臣と再会したとき、ヒノエが自分をそう言ったことがそもそもの発端か。
熊野で噂話を聞いたあの場には将臣もいた。
だから、浅水を自分の物だと言ったヒノエが、熊野別当ではないかと思ったのだろう。
おそらくヒノエも、将臣が平家側にいることは知っているはず。
一体何を考えているのだろうか。
「同じ屋敷で育ったからね。ヒノエは兄妹みたいな物だよ」
「何だよ、だったら早くそう言えっての」
小さく嘆息を付いてから将臣に告げれば、途端に興味が無くなったように両手を上に上げた。
「いい加減、怪異の原因をちゃんと探しなよ。九郎も必死に探してるんだからさ」
そう言って、九郎を顎で示せば、二人の視線が九郎へ向けられる。
それを見て、へいへいと呟きながら、将臣も少し離れた場所で再び調査を始めた。
「つれないね。せっかくお前はオレの物って宣言してたのに」
さり気なく肩に手を回そうとしたヒノエからするりと離れ、正面に回り込む。
そのまま厳しい眼差しを向ける。
「将臣を煽ってどうするつもり?もしヒノエが別当だって知れたら大変でしょ」
「熊野は源氏についたつもりはないけど?」
「例えそうでも、八葉であるヒノエが望美についたのは事実。将臣はそれを知らないから、ヒノエが別当だと知ったら、熊野が源氏に付いたと勘違いする」
「……将臣は、何か感づいてるのかもしれないな」
小さく呟かれた言葉は、浅水の耳に届かなかった。
怪訝そうな顔で見つめてくる浅水に、ヒノエは小さく笑みを浮かべた。
「ヒノエ?」
珍しい彼の表情に、探るような声を上げる。
けれど、返ってきたのは普段と同じ口調で。
「何でもないよ。ほら、怪異の原因を調べるんだろ?」
そんな態度を取られてしまっては、浅水はそれ以上何も言うことが出来なかった。
ヒノエと共に、九郎の元へ戻れば、彼は手に何かを持っていた。
「こんな物が見つかったぞ。人形……か?」
確かに、九郎が持っているそれは、人のような形をしていた。
だが、一枚の紙を人に見立てて切ったそれからは、何か禍々しい物を感じる。
「多分、これだね。嫌な気を感じる」
「呪詛、か。これのせいで、この辺りの花が枯れたんだろうな」
九郎が手にしている呪詛を見ながら、浅水とヒノエが頷く。
後はこの呪詛を消せば、この場で起きている怪異が消える。
早速呪詛を消そうとすれば、それは横から出てきた小さな手によって遮られた。
「だめだよ!そのお人形は私が先にみつけたんだもん」
少女は、素早い動きで九郎の手の中から呪詛を取ると、ぎゅっと胸元に抱き締めた。
「お兄ちゃんたちが来るのが見えたから隠してたけど、これは私が拾ったお人形だもん」
数歩後ろへ下がりながら、取られまいと必死に抵抗する姿に、どうしたもんかと周囲を見回した。
「ここはヒノエの口説き落としで何とかならない?」
「オレの?やってみたところで、今のこの小さな姫君が聞くと思う?」
「……思わない」
万策尽きたか、と溜息を吐いたとき、すっと前に出る人影があった。
そのまま少女と同じ目線になるようにしゃがみ込み、そっと頭を撫でてやる。
「悪いんだけどさ、それコイツの人形なんだ」
そう言って将臣が指差したのは浅水だった。
少女が将臣の指先を辿り、浅水を視界に入れると、途端怪訝そうに眉をひそめる。
「お兄ちゃん、男の人なのにお人形持ってるの?」
想像していた質問に、やっぱりそう言われるかと浅水は肩を竦めた。
「お兄ちゃんは今は男の格好だけど、本当はお姉ちゃんなんだ」
「お兄ちゃんだけどお姉ちゃん……でも、いやだよ。このお人形は私のだよ!」
尚も頑なな態度を取る少女に、将臣が理由を聞けば、最近鎌倉に怨霊が増えてきたから、お守りが欲しかった、という答えが返ってきた。
だが、さすがに呪詛をお守りにするのは頂けない。
「なぁ、俺が作った人形じゃダメか?」
「お兄ちゃんが?」
「ああ、お前のための人形を作ってやるよ。きっとお前を守ってくれるぜ?」
「本当に?」
おう、と軽く答えると、将臣は懐から一枚の紙を取り出し、それを器用に折っていく。
なぜ紙を持っているのかは疑問だったが、自分から言っただけはある。
あっという間に、紙で人形を織り上げた。
「将臣、ちょっとそれ貸して」
「あ?これか?」
出来上がった人形を受け取ると、浅水はぶつぶつと何かを呟き始めた。
「何だ?」
「あぁ、なるほどね」
それを呆然と見ている将臣と九郎だったが、ヒノエは浅水が何をしているのか理解したらしい。
暫くすると浅水はその人形を少女に手渡した。
「はい、これで神様があなたを守ってくれるよ」
「うわぁ、すごい。真っ白なお人形だ。有難うお兄ちゃん!」
「ああ、大事にしろよ?」
浅水から人形を受け取ると、少女はぱっと表情を明るくさせた。
「お母さんに見せてくる!あ、これはあげるね」
呪詛を浅水に手渡すと、少女はぱたぱたと家路へ掛けていった。
それを見送ってから、手の中の呪詛に目を遣る。
やはり、実際に手に取ると、禍々しい気配がより一層感じられる。
「そういや、さっきあの人形に何やってたんだ?」
「ああ、あれ?一応私も神職だからね。まじないの一つだよ。それより、こっちをなんとかしなきゃね」
手の中にある呪詛を嫌そうに眺め、チラリとヒノエを見る。
「私じゃなくて、ヒノエがやらない?」
「冗談、ここは神子姫様の腕の見せどころだろ?」
そう言われて、がっかりと肩を落とす。
仕方がないと諦めて、姿勢を正す。
口の中で祝詞を唱え始めれば、呪詛から淡い光が放たれる。
それは次第に大きくなり、終いにはそれ自体が小さく弾けて──消えた。
「これで終わりだね」
「へぇ、たいした物だ。やはり、神子というのは伊達ではないんだな」
「ったく、惟盛りのヤツ。手の込んだ真似しやがって。ま、無事に終わって良かったよな」
「そういえば、将臣。随分と子供の扱いが上手いんだね」
驚いた、と素直に言えば、この世界に来てからも子供の相手をしていたらしい。
「ま、弟もいることだし、子供の扱いには慣れてんだよ」
その言葉に、三人の頭に譲が浮かんだ。
どちらかといえば、将臣よりも譲の方が扱っているように見えるのだが、敢えてここは何も言わなかった。
「それじゃ、屋敷に戻りますか。他のみんなはどうだったか聞かないとね」
「そうだな。望美が行った場所はともかく、もう一ヶ所は調査だけだろうから」
「あーあ、何か妙に疲れたな」
「アンタはそんなたいしたことしてないだろ」
無事に朝比奈の呪詛を消した浅水たちは、梶原邸へと帰宅した。
またおかしいところが……
2007/5/15