重なりあう時間 | ナノ
鎌倉編 肆





漆拾玖話
 幽かに悟る故意






浅水がようやく落ち着いた頃、望美たちは怪異を調査しに出発していた。


「遅い」


憮然とした表情で腕を組み、部屋の真ん中で座っていたのは九郎だった。
九郎から少し離れたところに座っている将臣は、少々辟易した様子である。


「何だ、わざわざ待ってたのか?先に調べに行けばいいのに」
「馬鹿か、それでは何のために別れたのかわからんだろうが」


頭を掻きながら言えば、二人ともギンと睨まれた。
チラリと将臣を見やれば、肩を竦めて苦笑いを浮かべている。
ということは、将臣もヒノエと同じことを言ったのだろう。
それを、九郎が頑なに断った、そういうことか。


「調査だけなら二人で行っても変わらねぇって言ったんだけどさ」
「何を言う、将臣。二人よりも四人の方が早く解るかも知れないだろう」
「この通りでよ」


そう言って、お手上げと言わんばかりに両手を挙げる将臣に、二人は思わず納得した。


「じゃ、遅くなったお詫びもかねて、今から探しに行くとするか」
「そうだね、さっさと行きますか」





そうして四人が向かった先は、朝比奈だった。
怪しいところがないか探してみるが、これと言っておかしい場所はない。
本当に、こんな場所で怪異が起きているのだろうか?
ぼんやりとそんなことを思いながら怪異の原因を探す。


「おい!何か花が沢山枯れてるぜ」


そんなとき聞こえてきた将臣の声に、はっと我に返る。
何かの手がかりになるかも、そう思った浅水は駆け足で将臣の元へ向かった。


「何?花が枯れたとか言ってたけど」
「この花……竜胆だな」


浅水が将臣の元へたどり着いたとき、その場に膝を付いている九郎の姿が見えた。
足元を見れば、確かにその辺り一帯の花が枯れている。


「竜胆……秋の花が、今の時期に枯れる、ねぇ」


ふぅん、と顎に手を添えてヒノエが考え込んでいる。


「笹竜胆は源氏の紋だ。この花が枯れるとは……」


がっくりと肩を落とす九郎に、思わず内心で口笛を吹く。
源氏の紋、と軽々しく口に出しているが、その言葉から自分の立場を知られたらどうするつもりか。
まぁ、将臣が平家側だと知らないから、仕方のないことだが。
将臣に視線を走らせるが、彼も気付いた様子はなさそうだ。


「ねぇ、お兄ちゃんたち。何してるの?」


突然、目の前に現れた童子に思わず驚く。
まさか、怪異の噂がある場所に、こんな子供が現れるとは思いもよらなかったから。


「ああ、ここの花が枯れてるから、どうかしたのかと思ってね」
「そのお花?それね、一晩で枯れちゃったんだよ。昨日咲いたばかりだったのに……」
「一晩でか?」


会話に混じってきた九郎に、少女は九郎の方を向いて小さく頷いた。
少女が言うには、他の木々や花たちも元気がないらしい。
その言葉に、四人の目が光った。


「ここで正解、だね」
「なら、もうちょっと調査してくか?」
「だが、もし何か出たとして、俺たちには何も出来ないだろう」
「何か出ても、翅羽がいるじゃん」


ヒノエの言葉に、九郎と将臣の視線が浅水へ向けられる。
逆に、見られている本人は何のことか解らずに、呆然とヒノエを見ている。


「一体どういうことだ?」


説明を求めるように、今一度ヒノエを見れば、彼は腕を組みながらニィと口角を歪めた。


「神子は望美だけじゃないってね」
「あ、そういうことか」


その言葉だけで理解した将臣が、ぽんと手を打った。
逆に、理解できなかった九郎が、怪訝そうな顔で頭を悩ませている。
そして、浅水は大きく溜息を吐いた。
怨霊が現れた場合、白龍の神子である望美しか封印は出来ないけれど、人為的な物だったら自分に祓わせる気なのだ。


「ヒノエだって神職のクセに……」
「何か言ったかい?」
「別に」


聞こえていて聞こえないふりをする辺り、弁慶との血の繋がりが見える。
妙なところでそんな物を見せなくてもいいのに。


「ちょ、ちょっと待て。俺にも分かるように説明しろ」


未だに理解できない九郎が、説明を求める。
もう少し、柔軟な頭を持ってもいいように思う。
せめて弁慶、とは言わないが、理解力は景時くらい欲しいかも知れない。


「そのまんまだよ、九郎。怨霊は封印できないけど、神子ならここにもいるからね」
「ここって、どこにだ?」


きょろきょろと辺りを見回す九郎に、今度こそ本気で殴ってやろうかと思った。
ぐっ、と拳に力を入れたとき、それを見つけた将臣が宥めるように肩を叩く。


「まさか、お前が……?」


呆然と呟くその姿に、何が言いたいと睨み付ける。
彼の顔には、信じられないとしっかり書いてある。


「熊野の神子姫。まさか知らないとは言わないよな?」
「いや、知っている。知っているが、信じられん……神泉苑で見たときとは、全然違うからな」


ヒノエの問いに頷きながらも、九郎の視線は浅水に釘付けだった。
確かに、神泉苑で雨乞いの舞を舞ったときと今では、格好からして違う。
だが、それ以外に違いなどないように思う。


「ま、信じられなくても、これが事実さ」


小さく九郎の肩を叩きながら言うと、四人は再び怪異の原因を突き止めるために、その場を調べ始めた。
少女の言葉を参考に、植物を中心にして探す。
しばらく探しても見つからず、他のみんなはどうしたかと視線を巡らせば、ヒノエと将臣が何か話している。
話す暇があるなら調査しろ、と思ったが相手はヒノエだ。
何かしらの屁理屈で返ってきそうで、言うことがはばかれた。
探す場所を変えよう、と浅水が次にやって来たのは藪の近くだった。


「おい、まさかこの藪の中に入るつもりか?」


まさに一歩を踏み出そうとした瞬間、九郎に肩を掴まれて振り返った。


「そうだけど?木のうろとかにあるかもしれないじゃん?」


少し離れた場所にある木を指させば、はぁ、と盛大な溜息が聞こえた。


「馬鹿か。そういうことなら言え、俺が行こう」
「何?どういった心境の変化?」


優しい九郎というのが珍しく、思わずぱちくりと瞬きを繰り返す。


「く、熊野の神子姫に、葉だの枝だので怪我をされては面倒だ」


赤くなった顔を隠すように、顔を逸らす九郎に思わず吹き出した。
自分が女だと解ったときも、ここまであからさまに心配されなかったと思う。
ということは、神泉苑で見た自分の姿が、よほど九郎の記憶に印象的だったか。


(相変わらず言い方はアレだけど。ま、心配してくれたことには及第点、かな)


浅水がそんなことを思っているとはつゆ知らず、九郎はガサガサと藪の中を進んでいく。
九郎が探している間、自分も違う場所を探し始める。
だが、未だにヒノエと将臣が何かを話しているのを見て、思わずそちらへと足を向ける。


「つーか、何で翅羽がお前のもんなんだよ?」
「何でって言われても、昔からそう決まってんだよ」
「あいつは熊野別当の許嫁なんだろ?ってことは、ヒノエが熊野別当になるのか?」
「それはどうだろうね?で、翅羽がオレの物ってのはホント。だよな、翅羽」


そう言って振り返ったヒノエに、浅水は何を言っているんだと、思わず顔が引きつるのを感じた。










九郎一人だけ探し続けます(笑)
2007/5/13



 
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