重なりあう時間 | ナノ
鎌倉編 壱





漆拾陸話
 嫌がらせの至近距離






福原から東へ。
鎌倉へ向かい、江ノ島までたどり着けば、白龍が怨霊の気配を多く感じ取ったらしい。
熊野の烏の情報に間違いがなかったと確信したところで、今回の黒幕についてや今後のこと。
鎌倉にいる間、どこに腰を落ち着けるかの話になった。
そのとき、朔と景時でちょっとした兄妹喧嘩が起きた。
喧嘩というよりは、朔が圧倒的に言い負かしたのだけれど。


「うん、うちに来てよ。狭い家だけどさ」


朔と景時の攻防の末、折れた景時によって鎌倉でも梶原邸で世話になることになった。
景時自身、何故か屋敷にみんなを招待することを拒否していたようにみえたが、どうやら諦めたらしい。
一行は梶原邸へ向け、移動することになった。



「あ……」
「白龍?どうかしたって……ちょ、白龍?」


小さく声を上げ、その場から走り出した白龍に、慌てて望美も走り出す。
一人走り出せば、それにつられたように一人、また一人と走っていく。
随分と忙しいことだ。
走っていった人たちの背中を見ながら、浅水は小さく溜息を吐いた。
どうせ通り道だ。
自分一人、このまま遅れて行ったところで、別段問題もないだろう。


「浅水はあいつらみたいに走らないのかい?」
「ヒノエ……一緒に走っていかなかったの?」


てっきりみんなと同じように走って行っただろうと思っていた人物が、自分の隣に残っていたことに少しだけ驚いた。


「お前一人残して行けないだろ?」
「別に、私を残していってくれても良かったんだけどね」


さり気なく腰に回される手を軽く叩き、必要以上に近付かないように注意する。
小さく肩を竦めながら、それでも浅水の隣を歩き始める。


「なぁ、白龍が走っていった理由って何?」


隣を歩きながら質問してくるヒノエの姿に、知りたいなら追っていったらいいじゃないかと思ったが、自分を思って残ってくれたことに免じて言わないことにした。


「少し先にね、巽の卦──天の青龍の気配がするから、多分それじゃない?」


ちょっと考えながら言えば、ふぅん、と興味なさそうな返事が返ってくる。
野郎には興味ないと言っているヒノエのことだ。
どうせ、追って行かなくて良かったとでも思っているのだろう。


「……お前が望美の捜し人ってことは、将臣もお前の従兄弟なんだよな?」
「まぁ、そうだけど。何、突然」


いきなりの話題転換に、ぱちぱちと目をしばたかせる。
熊野を出る前に、自分の身の上を──自分が望美の捜し人だと──告げてから、今まで一度も出てこなかった話題だ。
驚きもするだろう。


「望美も譲も、お前の事を知らない。なら、将臣は?アイツは、お前のことを気付いてるんじゃないのか?」


それは自分の性別を悟っていたことから導き出したのだろうか。
確かに、将臣の勘は時々怖いくらいに当たる。
譲に夢見の力がいった分、彼にはそういった勘がいったのだろうか?
だが、今はそう言ったことをを考えているときではない。
ヒノエに、彼が満足するような答えを与えなくては。


「将臣は、知らないよ」
「本当に……?」
「うん。将臣が知ってるのは、私が熊野の神子と、別当補佐を兼ねているということだけ」


これは本当だった。
那智の滝で将臣と話したとき、てっきり自分のことを感付いたのかと思っていたのだ。
だが、それは違っていた。
どうやら平家の誰かからの入れ知恵で、自分の人となりを聞いていたらしい。
そして、日置川峡でわかった自分の性別から、そう判断したらしい。
将臣も未だに、浅水のことは気付いていない。
だが、将臣のことだから、いずれ気付いてしまう可能性だってなきにしもあらず。


「へぇ……」


自分の考えに没頭していた浅水は、そのときのヒノエの言葉と表情など一瞬足たりとて見ていなかった。
その事に後悔するのは、この後のこと。
二人は先を行った一行を追いかけて、そのまま歩いていった。





少し歩けば、川岸の側にちょっとした人だかりが出来ている。
十人もいれば、それは仕方のないことかも知れない。
その中心にいる人物の頭を見て、やっぱりなと笑みを零す。


「あ、翅羽さんとヒノエくん!あのね、将臣くんも一緒に来てくれるんだって」
「よぉ、久し振り」
「相変わらず、元気そうだね」


遅れて来た二人の姿を見つけて、望美が将臣の腕を引っ張りながらやってくる。
その様も、あちらにいたときに幾度か見ていた光景で、懐かしさがこみ上げてくる。
お互いに軽く手を挙げて挨拶を交わせば、途端、ぐいと誰かに腰を引っ張られる感覚。
誰に、と思ってその方向を見ても、それは自分と一緒にやってきたヒノエしかいない。
何を、と声を上げるまもなく、浅水の腰はヒノエにしっかりと抱き締められていた。


「おいおい、来て早々それはねぇんじゃねぇの?」


思わず溜息を吐きながら呆れる将臣だが、その隣にいる望美はキャーと言いながらなぜか喜んでいる。


「ヒノエ、何やってるわけ?」
「ん?みんなに、翅羽はオレの物って見せつけておかないとね」


その言葉に、がっくりと脱力した。
わざわざそんなことをする必要があるのか否か。
むしろないだろうと叫びたい。


「はぁ?わけわかんねぇし。つか、そいつって熊野の頭領の許嫁……って、あ〜、そういうことか」


それは将臣も同じだったようで、彼の方はしっかりと声に出している。
だが、途中まで言うと、何かを理解したように妙に納得した声を上げた。
その瞬間、将臣の目に鋭さが走ったような気がした。


「わかったんなら、手、出すなよ?」
「それはいいけどよ、こいつぁどういうことだ?」
「ま、そこら辺は後から話そうぜ」


ヒノエと将臣が二人だけの会話を続けている間、何とかしてヒノエの腕から逃げようともがいてみるが、どこをどう掴んでいるのか。
さっぱり抜け出すことが出来ない。
それほど力を入れていないはずなのに──現に、掴まれている腰は痛くない──不思議でしょうがない。
仕方なしに、目の前にいる望美に助けを求めてみるが、ごめんねと両手を顔の前で合わせるだけだ。
薄情者、と目で訴え、さてどうするかと考える。
いい加減、この体勢でいるのが苦しいわけではないが、どこか気恥ずかしい。
それはそうだろう。
いつの間にやら、自分たちの周りには八葉たちが集まっているのだから。
こうなったら、八葉の誰かに助けを求めるしかないか。
そう、思ったときである。


「それくらいにして、ヒノエはいい加減翅羽を放しなさい」


どうやったのか、ふわりとヒノエの腕から解放され、次に目にしたのは黒い外套。
上を見上げれば弁慶の顔が見える。
そして、またもやしっかりと腰に回される腕。
それを見て、浅水は盛大に溜息を吐いた。


「あっ、テメッ!いつの間に」
「ふふ、いつまでも彼女を独り占めしている君がいけないんですよ」


誰か、この二人をどうにかしてくれ。
このままでは、いつものように二人の止まらない言葉の応酬が始まってしまう。
しかも、自分を間に挟んだままで。
悔しいことに、弁慶の腕からも抜け出せない。
外見だけでは、どう見ても強そうには見えないのに。
更に、弁慶相手では誰も手は出せないのだろう。
例え出せたとしても、報復が怖い。
大人しく、二人のマシンガントークが収まるのを待つしかない。
そう覚悟した浅水は、諦めてぼんやりと周囲を見ることにした。


「へ?」


だが、再び誰かに救い出される。
今度は誰が?と振り返れば、そこにいたのはリズヴァーンだった。


「二人とも、今は先を進むのが先だ」
「それもそうでしたね」
「リズ先生に言われちゃ仕方ないね」


大人しく引き下がった二人に、ヒノエではないが、思わず口笛を吹いた。
さすがはリズヴァーンだ。


「ありがとう」
「問題ない」


笑顔で礼を言えば、素っ気ないながらも優しい笑みを返された。










鎌倉編開始〜!
2007/5/7



 
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