重なりあう時間 | ナノ
京編 壱





陸話
 時が過ぎるのは早いねと






十年。

言葉にすれば一言ですむが、時間で考えれば幼かった子供が成長するには十分な時間。

あの日。

湛快に拾われてから、浅水の周囲は目まぐるしく変化した。

今までの便利な生活を全て捨て、全く違った生活。

最初は苦労が絶えなかった。

それでも、浅水はただひたすらに、何かに取り付かれでもしたかのように頑張った。


そう、それは何かを忘れるかのように。


「浅水、こんなところにいたのかい?」
「ヒノエ……浅水じゃなくて、ここでは翅羽、だろ?」


船べりに肘をつき、海を見ていた浅水の後ろから声がかかる。
呼ばれた名前に小さく溜め息を吐き、くるりと相手を振り返りながら意識して声を低くする。

この十年の間に、浅水も名前を使い分けるようになった。

湛快とヒノエの勧めにより本宮に仕えることになった浅水は、舞も基本からしっかりと教え込まれ、十年経つ頃には熊野の神子姫、もしくは舞姫と呼ばれるようになった。


だから、熊野の神子として、舞姫としては浅水。


熊野水軍の一員としては、翅羽と。


水軍に入ることは反対されなかったわけではない。
むしろ反対された。
男だらけの中に女を入れるというのはどうにも抵抗があったらしい。
だが、周囲の反対を押し切るように自分の立場をフル活用してしまえば、誰も、何も反論できなかった。
これに折れた湛快が、せめて水軍としているときは姿と名を偽れ、と精一杯の妥協案を出してきた。


三年前、湛快は別当の座を自分の息子へと譲り渡した。
その時、なぜか浅水も別当補佐という肩書きを背負うこととなったのだ。


「ふふ、いいじゃないか。今は誰もいない。それに、翅羽が浅水だっていうことには変わりないからね」
「それはそうだけど、けじめっていうのがあるだろう」
「それで、オレの姫君は何を憂いていたのかな?」


人の話を全然話を聞いていない。
浅水はがっくりと肩を落とした。


「別に、湛快さんに拾われた時を思い出してただけ」
「もう十年か、早いな」


浅水の言葉にあぁ、と過去を振り返りながらヒノエは懐かしそうに微笑んだ。


「そういえば、最近眠りが浅いみたいだけど」
「うん、ちょっと夢見が悪くて」


その言葉に、ヒノエの眉が顰められる。
浅水が本宮に仕えるようになってしばらくした頃。
その頃から、まれに不思議な夢を見るようになった。

自分のことから他人のことまで。

そしてそれは現実の物となって現れる。
それが、浅水の神子と呼ばれるようになった所以でもある。


「今回は何を夢に見たんだい?」
「夢見とは関係ないよ。ただ、過去の……自分がここに来ることになった日のことだから」
「本当に?」
「うん、本当」


最近よく夢を見る。

決まってあの日の夢。

学校にいたはずの自分が、従兄弟たちと幼馴染みと一緒に激流に飲まれる。

自分の手はいつも誰にも届かなくて。

気付けばいつも自分の叫び声で目が覚める。

それの繰り返し。

未だ、自分が熊野へ来た意味もわからないまま、無情にも時間だけが流れていく。





もう、とそんな言葉が出るくらい長い年月。



何もわからないまま、十年。



激動の十年。



そして、ヒノエに隠し事をし続けた十年。



船は、もうすぐ勝浦へ着く。










一気に十年飛ばしました(爆)
閑話とも言えるお話。
2006/12/14



 
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