重なりあう時間 | ナノ
福原編 拾





漆拾伍話
 縮むのは喪失までの距離






今後、どうするかを陣幕で話し合った結果、鎌倉を守ることになった。
これは、怨霊を封印できる望美に決めてもらった方がいいという話になり、その望美が望んだことでもあった。


「あれ?譲くんがいない」
「望美は誰かを探してるのかな?」


きょろきょろとその場を探す望美に、浅水が近付いた。


「うん、譲くんの姿が見えなくて……さっきも、話し合いの最中元気なかったみたいだし」


心配そうに顔を曇らせる望美に、なるほどと内心頷く。
どうやら譲のことが心配らしい。
だが、望美と同じように浅水も彼のことは気になっていた。
星の一族の血を引いている譲が、何かしらの未来を夢に見ているのは熊野で知っている。
その悪夢も未だ収まってはいないようだ。


「そっか。なら、譲は私が探すから、望美はヒノエと後からおいでよ。さすがに、夜更けに一人出歩くのは危険だからね」
「でも、それを言ったら翅羽さんだって!」
「私は大丈夫だよ。ヒノエ、頼まれてくれるよね?」
「お前の頼みだからね」


首だけを振り返れば、最初から話を聞いていたらしいヒノエが、返事二つで返してくる。
まだ納得がいかない望美をヒノエに託し、浅水は一人、陣幕を出た。
譲が行きそうな場所を探す、というよりは、自分だったらどういう場所へ行くかを考えた。
陣幕の側では誰かしら、人の気配がする。
となると、少し離れた場所。
なかなか人が近寄らなさそうな、けれど陣幕からもそれほど離れていない場所。
そんな場所を目指せば、捜し人は直ぐさま見つかった。


「どうかした?望美が心配してたけど」
「翅羽さん」


そっと側へ近寄れば、驚いたような表情。
それから、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。


「俺の師が……戦で重傷を負ったらしいんです。人って、本当に簡単に死んでしまうんですね。戦だと、特にあっけない」


譲の言葉に何も返せず、ただ曖昧に微笑む。
心ここにあらずだったのは、彼の師が原因か。


「翅羽さん、俺たちの世界には『パンドラの箱』っていう神話があるんです」
「パンドラの、箱……?」


突然そんな話をする譲がわからなかった。
だが、何かしら理由があるのだろうと思い、話の先を促す。
パンドラの箱の話自体は知っているが、自分もこの世界の住人だと思っている譲はその話のあらすじを話してくれる。




神話の時代、この世のあらゆる災いを閉じこめた箱があった。

だが、あるときパンドラという女性が、その箱をうっかり開けてしまった。

閉じこめられていた災いは世界に飛び散り、この世は災いで満ちるようになった。

けれど、箱の底にはまだ希望が残っていた。





よくある、一般的な話。
これだったら自分も覚えている。
だが、これがどうしたというのか。


「一般にはそういう話なんですが、この物語には別の話もあるんです。そちらでは、箱の底に残っていたのは希望ではなく未来を見る力だった、と」
「未来を、見る力……」


思わず繰り返す。
譲が何を言いたいのか、わかったような気がする。
今だったら、彼の見ている夢の話を聞くことが出来るかもしれない。


「未来を見る力は、この世のあらゆる災いにも増して恐ろしい物だった。だから、それだけは世界に解き放たれなかったわけです」
「なるほどね。自分の未来を知るのは恐ろしい、ってところか」
「はい。自分の努力で未来を変えられるなら、それでもまだ耐えられるんです。でも……どんな方法を試しても、どんな努力をしてみても恐ろしい未来が変わらないことを知ったとき、人は絶望するしかない……」


まるで胸の内を吐き出すかのように、絞り出される声。
いつもの譲らしからぬ声に、それだけ彼の見る夢は彼に絶望を与えたに違いない。
今尋ねたら、素直に話してくれるだろうか……?


「譲も、同じ夢を何度も繰り返して見てるんだよね?それは、自分が死ぬ夢?」


なるべく刺激しないように、そっと問いかける。
だが、浅水の質問は譲を驚かせるのには充分だったようだ。
信じられない物を見たような顔で浅水の方を振り返る。
最近よく見ていなかったが、こうして近くで見る従兄弟の顔は、目の下に隈が出来ていて幾分やつれたようにも見える。


「どうして……?」
「譲がしてくれた話と、熊野にいるときに夢見が悪かったって言ってたから。そこから推察してみた」


当たってる?と首を傾げれば、大人しく頷かれた。
やはり、譲の見ている夢は自分が見ている夢と酷似しているのだろう。
だが、確実に違うところもある。


「死ぬことが恐ろしい訳じゃないんです。もちろん、怖くないと言ったら嘘になるけど、でも今は死にたくない。先輩をこの世界に一人残して死にたくなんてない。戦場では……人は簡単に死んでしまうけれど、だけど俺は生きたい、絶対に生きたいんだ!」


精一杯の主張。
自分の限りなく近い将来を知りながら、それでも運命に抗おうとする姿。
もちろん、彼の夢の通りならいずれその命は失われることになる。
だが、自分の見る夢では譲は死んでいない。


いや、死ぬこともあるし、死なないこともある。


そこから察するに、どうやら運命はまだ決まっていない。


「……望美には言わないの?」
「先輩は優しいから、このことを知ったらきっと、俺に同情する。それだけは避けたかったんです」


きっぱりと言い切る譲に溜息を吐く。
相変わらず、望美には自分の弱い姿を見せたくないらしい。


「苦しんでいたなら、何で教えてくれなかったの!」
「え、先輩?」


ふいに聞こえてきた第三者の声に、慌てて声の主を捜す。
そこには望美と、望美に付き添っていたヒノエがいた。
どこから聞いていたんだろうか。
ヒノエのことだからどうせ最初からかもしれない、と辺りをつける。


「どうして一人で抱え込もうとするの?」
「先輩……すいません」
「謝って欲しいわけじゃない!」


望美が譲に問い詰める姿は真剣で。
ここは自分がいていい場所ではないと判断する。
何より、今は二人で話し合うことも必要だろう。


「……譲、望美。私たちは陣幕へ戻るから、二人で話し合ってみたら」
「翅羽さん」
「みんなにも言っててあげるよ」


ひらひらと手を振りながらヒノエの隣へ行き、二人を残し陣幕へと戻る。
少し離れてから振り返れば、お互いに話し合っているらしく、これなら大丈夫だろうと安心する。


「……お前が見ている夢では、お前が死ぬのかい?」


何を言われたか、一瞬わからなかった。


「ヒノエ……?」
「譲が自分の死ぬ夢を見ているなら、お前も自分が死ぬ夢を見ているのか?」


いつにもなく真剣な表情のヒノエに、思わず動揺する。
いきなり何を言い出すのだろうか?
そう思っていれば、次の瞬間にはヒノエの腕の中に包まれていた。


「お前に先見の力なんか、なければよかったのに」


先程の譲との会話を聞いていた証拠だろう。
自分が死ぬ夢を繰り返してみるという譲に、もしかしたら自分もそうなのでは、とヒノエは心配しているのだ。
ぽんぽんと安心させるように軽くヒノエの背中を撫でる。


「大丈夫。私は、自分が死ぬ夢なんか見てないから」
「本当に?」
「もちろん」


そう言って笑んでみせればようやく安心したようだ。
そっか、と言って薄く笑む。


「さ、早く陣幕に行って望美たちのことを伝えないと」
「別に、俺は教えなくてもいいんだけど?」
「馬鹿、そういうわけにもいかないでしょう」


いつもの調子を取り戻したヒノエに肩を竦めて見せれば、渋々ながらも解放される。
二人で陣幕へ戻り、望美たちのことを告げれば、二人がくるまで待つことになった。








福原編完結〜!
2007/5/5



 
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