重なりあう時間 | ナノ
福原編 玖





漆拾肆話
 ああそうかと気づいたら、ぜんぶぜんぶが







有馬へと戻ってくれば、そこには九郎たちの帰りを待つ政子の姿があった。
九郎、弁慶、景時の三人が陣幕へ行くのを確認すると、話が終わるまで思い思いに時間をつぶすことになった。


「相変わらず妙な感じ」


陣幕の外、しかも九郎たちのいる場所からは少し離れた場所へ行くと、その場に座り込んで浅水は呟いた。
相変わらず、政子から感じる妙な気配は消えていない。
だが、その正体もわからない。


「……こんなところにいたのかい?」
「あれ?敦盛と一緒にたんじゃなかったの?」


自分の方へ近付いてきたヒノエに問いかければ、返事を返さずに浅水の隣へ座る。


「お前が一人で歩いていくのを見かけたからね。オレがお前を一人にするわけないだろ?」


同じ目線で、ウィンクしながら返事を返すヒノエに思わず呆れた。
熊野を出て、望美について来てからこちら、浅水の隣にはよくよくヒノエがいた。
別に嫌ではなかったし、自分が一人になりたいときにはヒノエだって側には来ない。
すでに一緒にいることが当たり前となっているから、一人で熊野にいたときに、どれだけ彼に依存していたのかを知った。


「……これ以上、依存してどうするつもりなんだか」
「いいじゃん、別に。むしろ、お前がオレに依存してくれてる、って事実が嬉しいんだけどね」


浅水の呟きをどう取ったのか、どこか満足気に笑みを浮かべるヒノエに、嘆息一つついて頬杖をついた。


「頭領。副頭領もご一緒でしたか」


ふいに聞こえてきた言葉に、二人の顔が真剣味を帯びる。
熊野の地以外で自分たちの事をそう呼ぶ人は、限られてくる。
もちろん、弁慶がそう呼ぶはずもないのは百も承知。
そして、限られた人物が自分たちの前に姿を現すということは、何か重大な情報を持ってきたとき。


「何があった?」


周囲を見回して、自分たち以外の姿が見えないのを確認すれば、ヒノエが立ち上がり低い声で問う。
すると、二人の目の前に一人の人物が現れた。
片膝を付いて頭を下げている姿は自分の世界の忍者と同じだ、と初めて烏を見たとき浅水は興奮した覚えがある。
数年経った今では、そんなことは思うこともなくなったけれど。


「実は、平家の動きで妙なことが……」
「話せ」
「はい」


こうして、烏から情報を得た二人は、それをみんなに伝えるべく陣幕の側へと戻ることにした。










陣幕の側まで来れば、未だ中にいる九郎の声が聞こえてきた。
どうやら、今回の戦について納得できていないようだ。
それを弁慶と景時が宥めてすかして何とか落ち着かせる。
毎度の事ながら、これで良く大将が務まるものだ。


「……弁慶もよく付き合ってられる」


自分なら三日と持たないだろうと思い、思わず弁慶を感心する。
しばらくして、自分たちの元へ姿を見せた三人に、ヒノエがやれやれと言葉を紡いだ。


「すっかり戦勝気分だなんて、ずいぶんと余裕があるんだね?」
「ヒノエくん、どういうこと?」


ヒノエの言葉に首を傾げたのは望美だった。
彼女も、これで平家に勝ったとでも思っていたのだろうか?
確かに今回は勝利したとしても、根本的な戦は未だ終わっていないというのに。


「熊野の烏が、きな臭い話をつかんできてね」


そう告げれば、ピクリと敦盛が肩を揺らしたのが目に入った。
反応したと言うことは、何か、思うところがあったのだろう。


「……平家の内部で、何か動きが?」
「ご名答」


少し考えてからチラリとヒノエを見れば、ニと口端を斜めにつり上げる。


「平家の中で、極端なコトを言いだしてるヤツがいるみたいでね。どうやら、正面からの戦じゃ、勝ち目がねぇって言ってるらしい」


烏から得た情報を惜しげもなく口にすれば、逆にその情報に敦盛の顔が曇る。


「……戦場の外にも、怨霊を連れ出して使うつもりなのか?」


半ば確認のように、言葉を探しながら言う敦盛に、ヒノエは肯定していく。
一門を抜けたとはいえ、敦盛だって平家の一人。
身内が何を考えているのか、大体の所はわかるのだろう。


「察しがいいね」
「源氏の軍を指せる町を、無差別に襲うつもりらしいよ」


浅水がヒノエの言葉を引き継いで言えば、やはりまだ理解しきれていない望美が疑問の声を上げる。
それにヒノエが説明してやれば、今度は強い瞳で平家を止めなくては、と宣言した。


「狙われるとすれば、京か鎌倉だな」
「さすがはリズ先生ってとこだね。ついでに、町を襲うのに怨霊を増やす計画ってのもあるらしいよ」
「……倶利伽羅か?」


ヒノエの言葉を聞いて、とっさに地名が出てきたリズヴァーンに、ヒノエは小さく口笛を吹いた。
彼が何を思っているのか手に取るようにわかる。


「伝説の鬼は千里眼でも持っているのかい?だとしたら、是非ご教授願いたいね」


やっぱり、とヒノエの言葉に肩を竦める。
わざとそう言ってみせるのは、黙り込んでしまった九郎たちの反応を見るためか。


「ねぇ……その計画を止めるには、一体どうしたいいんだろう?」
「防ぐ力……運命を変える力を、お前は既に持っているはずだ」


リズヴァーンが静かに告げれば、望美は一度だけ服の上から胸元を小さく掴んだ。


「そう、ですね。私には怨霊を封じる力があるんだもの」
「だがその話は本当なのか?たかが町を襲ったところで、戦に勝てるわけでもないだろう?」


ここでようやく、九郎が重い口を開いた。
だが、それはヒノエの言葉を疑っているのが、ありありとわかる。
どうやって九郎を言い負かそうか、と浅水が考え始めたところで、外套の裾が翻ったのを見た。


「熊野の情報は信じていいと思います。それに、無茶な計画に走る者が出るほどあちらも追い詰められてきているのでしょうね」


納得させる、というよりは有無をいわさぬやり方だが──何せ、にっこりと笑うその顔の中、弁慶の瞳だけは笑っていなかった──自分が口を開くよりはよっぽど穏便に済んだと浅水は胸を撫で下ろした。
自分が九郎に向けて口を開けば、再び口論になっただろう。


「とりあえず、これからどうするかをみんなで相談しましょう」


そう言って陣幕へ促せば、その場から動き始める。


「譲くん、どうかした?気分でも悪い?」
「……あっ、すいません。今、行きます」


一番最後に陣幕へやって来た二人の姿。
浅水は特に譲を観察するように、じっと見つめていた。










福原編もいよいよクライマックスです
2007/5/3



 
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