重なりあう時間 | ナノ
福原編 陸





漆拾壱話
 いたいほどにあなたはただしい






望美たちと知盛が戦っている間、浅水はヒノエや敦盛と一緒にいた。
それは平家にゆかりのある彼らを、望美が参加させるとは思えなかったから。
案の定、二人は戦闘メンバーから外され、変わりに浅水を守るという名目で、この戦いの行く末を見守ることにしたのだ。


「神子、知盛殿……」


どちらか片方の応援は出来ない敦盛が、胸の前で作った拳に力を込める。
浅水とヒノエはどうすることも出来ずに、そんな敦盛を見つめていた。


「やっぱりさ、身内が敵って言うのは、辛いね」
「それが戦ってもんさ」


痛ましそうに言う浅水の言葉に、きっぱりと言い切るヒノエの声が返ってくる。
その言葉に、反論は出来なかった。
平家方にはヒノエの身内だっている。
それが辛いからといって一人戦を止めたとして、結果が変わるわけではない。
むしろ、死傷者が一人減っただけに過ぎないのだろう。


「……ごめん。ヒノエだって、辛いはずなのにね」


そこまで思い至ると、彼の着物の端を掴んで謝罪の言葉を口にする。
すると、浅水の手の上にヒノエの手が重ねられる。
それに思わず顔を上げれば、儚げな笑みを浮かべた彼の顔。
ずきり、と胸が痛むのを感じる。
ヒノエのこんな表情は、よほどのことがない限り見た覚えがない。


「早く、戦が終わるといいのに!」


囁くように呟いたそれは、ヒノエの耳には届かなかった。





「言い訳のために戦うなんておかしいです!」


知盛との戦いが終わった後、ふいに声を荒らげた望美に視線を送る。
その場にいるのは、望美以外に源氏組の三人。
どうせこれから先のことを話して、口論になったのだろうと、浅水はさして気にもとめなかった。
自分にも言えることだが、あまりにも実直すぎる九郎相手に、声を上げるなと言う方が難しい。
その点、弁慶や景時はさすがだと思う。
やはり慣れもあるのだろうか。


「あいつら、またやってんのか」
「ヒノエ。いつもの事だけど、陣営以外であれって、結構迷惑だよね」


うんざりしたように四人を見つめるヒノエに、思わず同意する。
自分とヒノエは、水軍衆の前で言い争いになったことなどないからどうかはわからないが、やはり源氏軍の面々もこのやりとりには慣れてしまったのだろうか。


「あ、終わったみたい」


しばらく様子を見ていれば、話は付いたのか、望美がどこか消沈しているようにも見受けられる。
となると、この場は九郎たちが望美を言いくるめたのだろう。


「今から大輪田泊へ向かう!」


九郎の号令に、やれやれと浅水は重い腰を上げた。










急いで大輪田泊へたどり着いた源氏軍だが、そこで平家の姿を確認することが出来なかった。
この場へ逃れてきたのは確かなのだから、必ずどこかにいるはず。
そんな衝動だけが、九郎を動かしているらしい。


「平家にあって源氏にはないもの、ね」
「どういうことだ?」


様子を伺いながら、納得したように言ったヒノエに、九郎の視線が刺さる。
本当にわからないのか?と少々目を見開くが、それは直ぐさま普段のそれに変わる。


「簡単さ。源氏には船がない、けど平家にはある。急がないと、沖に出られたら追いかける方法はないぜ」


ハッ、と鼻で笑いながら忠告してやる。
そこまですることはないのに、と浅水は内心思ったが、口に出して言ってやるのはしゃくなので、黙っておくことにした。
実際、九郎に呆れたのはヒノエだけではなく、浅水も同じだったから。
弁慶ももしかしたらあの笑顔の裏に、自分達と同じ事を思っているかもしれない。
だが、完全に弁慶を信頼している九郎はそれに気付かない。
あんな黒いオーラに気付かないのは、振りなのか天然なのか。
おそらく後者だろうと思うが、今はそんなことを考えている時じゃないと、意識を戻す。


「港なら、この先だ」


控えめに敦盛が港の方を指差せば、勢いよく駆けていく人たち。
浅水たちは、少し落ち着いてから港へと歩き始めた。


それは、今から港へ行っても、どうせ追いつけないとわかっていたからか。


港へとたどり着けば、そこには肩を落とす九郎の姿が見えた。
やはり、平家は逃げた後だったか。
そんな中、敦盛が前に進み出、沖へと向かう船を検分していた。


「御座船は……見えないな。主立った者たちは、とうに逃げていたのだろう。知盛殿は、その時間稼ぎだったのかもしれない」
「ってことは、安徳帝も三種の神器も海の上、ってことか」


無駄足だったね、と呟くヒノエに、望美が勢いよく振り返った。


「じゃあ、還内府も?」
「逃げただろうね」


問いかけるその瞳は、還内府を逃がしたことを悔しがるものではなかった。
むしろ、ヒノエからの返事を聞いて、生き生きし始めたような気もする。
なぜ?と浅水は首を捻った。
還内府が生きていたと知り、その手で追い詰める機会が再び出来たからだろうか。
だが、望美のあの瞳は、そんな感情ではないと思う。
例えるなら、消息を絶った人の無事を確認したときの安堵の色。


「……まさか、ね」


思い至った考えを否定する。
まさか望美が還内府の正体を知っているわけではあるまい。


「……すいませんが、僕は急ぎの用件があるので、ここで失礼しますね」


物思いにふけっていた浅水の耳に届いた言葉に、思わず弁慶を見やる。
そこに見えた表情に、あぁそうか、と理解する。


彼の肩書きは、軍師。


そこから推測される急ぎの用件となると、ただ一つしか思い浮かばなかった。










次回は弁慶の絆の関!
2007/4/27



 
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