重なりあう時間 | ナノ
福原編 伍





漆拾話
 焦燥が高鳴って、やがて静まる






浅水たちが一ノ谷の陣へたどり着けば、そこはもぬけの殻だった。
たしかにこの場にいた形跡は見える物の、今では人の気配すら感じられない。
弁慶の考えでは、少数しか兵を用意できずこのままでは支えきれないと思い、撤退したのではないか。とのことだった。
何にせよ、戦にならなかったことは有り難い。
だが、その分戦力を温存することに成功している。
敵の将ながら、あっぱれだ。
けれど、感心していられるのもそれまでだった。


「申し上げます!ここを守っていた還内府は東へ向かった模様です!!」


武士の一人からそんな報告をもらえば、直ぐさま次の行動を取らねばならない。
敦盛の知る事柄と、更にもたらされる報告に、生田にいる景時の元へと急いで向かうこととなった。





生田の側まで行くとそこには見慣れた──しかし、傷を負った──景時の姿が見えた。
こちらから見えると言うことは、当然、相手からも自分達の姿が見えるということ。


「みんな、来てくれたんだね〜。助かったよ」
「景時さん、無事で良かった……」


いつもの口調でへらりと言う景時の怪我は、体中の至る所に見えた。
致命傷に至らないまでも、見ている方が痛々しい。
それを見かねた朔が、景時の元へ駆け寄る。


「兄上、じっとしていて。今応急処置をするから」
「いやいや、別にたいしたことないって……うわっ!痛っ、痛いってば〜」


患部を触られては、いかに景時でも我慢が出来なかったらしい。
目尻に涙を浮かべてしまった彼を見て、思わず笑みがこぼれる。


「やっぱ痛いんじゃん」
「ここは大人しく、朔の手当を受けた方がいいかもね」


浅水とヒノエがからかうように言えば、景時も大人しく妹の手当を受けた。
だが手当の間、行動が取れないとしても、口まで動けないわけではない。
せっせと朔が応急処置をしている中、状況報告と平家の本陣のことが話されている。
景時の話によると、この先の生田神社付近に、砦があるらしい。


「……よし、行くぞ」


景時の手当が終わったのを確認すと、九郎は腰の刀を抜き前を見据える。
それにつられるように、誰もが武器を構え出す。
浅水は固く瞳を閉じた後、ぐ、と小太刀の柄を握りしめた。
閉じていた瞳を開ければ、目の前に見えるヒノエの姿。
前を見ていたと思っていた彼が、自分の方を向いていたことに驚いた。
思わず首を傾げれば、戦場であるにも関わらず余裕の笑みを向けてくる。


「大丈夫。お前はオレが、必ず守るよ」


ニ、と笑みを深くしたヒノエに、思わず呆気にとられた。
この顔は、負けることを考えていない。

──まあ、始めから負けを覚悟されても困るのだが──

どこからそんな自信がやってくるのだろう。
毎度の事ながら、ヒノエの自信の出所を一度くらい知ってみたいと思う。
だが、不謹慎ではあるが彼のそんな気配りが嬉しい。
初めての初陣で、誰よりも固くなっているのは認めざるを得ない。
そして、そんな浅水のに構っていられるほど、戦況も芳しいとは言っていられない。
だからこそ、ヒノエの些細な気配りが嬉しかった。

景時の言っていたとおり、生田神社へと向かえば、そこには未だ平家の武士達の姿があった。


「……知盛殿」


そんな中、一人の武将を見て敦盛がちらりと言葉を漏らしたのを浅水は聞いた。
その声は相手にも届いたらしく、敦盛の姿を確認すると一度だけ、瞬いた。


「……敦盛か……?」


抑揚がない声だが、僅かに含まれる驚愕の色は隠しようがない。
まさかこのような場所で再会するとは、お互いに思ってもいなかったのだろう。


「……三草山で消えたと聞いたが……落日の一門に加勢に来た……ってわけじゃあなさそうだな?」
「私は……一門を、捨てたのです……」


辛そうに言葉を紡ぐ敦盛の姿に、堪えきれなくなった望美が二人の間に割って入った。


「あなたは、平知盛……?戦うなら……私が相手になるよ」


剣を構えたまま掛ける声は、どこか警戒の色が拭えない。
それは、相手の力量を感じているからか。
浅水ですら、目の前にいる相手の殺気に怯んでしまいそうだった。


「クッ、気の強い女だ。だが、美しい……と言ってもいいな。お前──名は?」
「春日望美。白竜の神子の、春日望美だよ」





望美が名乗った瞬間、ピン、と緊張の糸が張り詰めた。










また微妙なところで……
2007/4/25



 
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -