重なりあう時間 | ナノ
福原編 参





陸拾捌話
 意地っ張りなところ






一ノ谷までの道は順調で、平家の兵と小競り合いが起きたりはしなかった。
そのとこに誰もがほっと胸を撫で下ろす。
だが、浅水にはそれ以外にもある心配事から、安易に気を抜けなかった。
それはもちろん、将臣の立場も関係している。


(……うかつに言っても、相手が弁慶だと信じてもらえる可能性は低い)


いや、弁慶なら信じてくれそうだが、みんなのいる手前、すんなりと信じてくれるとは思いがたい。
事実、信じていたとしても、それに見合うだけの理由を言わなければならないだろう。
どうするべきか。
めまぐるしいほどに頭を回転させていれば、そこへ武士の一人から現在の戦況がもたらされた。


「生田の森で、梶原殿と平知盛の軍勢が衝突。ただいま、激戦が続いております!」


その報告に、九郎がぎりと唇を噛み、固く拳を握りしめた。
できることなら、今すぐにでも景時の元に行きたいのだろう。
だが、今の状況でそれは許されない。


「景時を見殺しには出来ない。敵の背後に回り込んで、平家の守りを打ち破る方法があれば……」


そう言って、腕を組んで考え込んでしまった九郎を誰しもが見つめた。
ほんのわずかの逡巡の後、何かいい案が浮かんだのか、ぱっと顔を上げた。


「一ノ谷の背後は、崖になっていたよな?」


その言葉に、浅水は言うべきか否かで揺れた。
自分たちの安全を確保するべきなら、今言わなければ間に合わない。
だが、もし仮に、何もなかった場合は、みすみす勝てる戦を捨てたことになる。
どうするべきか。
自分の判断が、今後を決めることになる。
迂闊には、言えない。


「待って!」


浅水が悩んでいると、誰かが一歩、九郎の前に進み出た。
その場の視線が、その人物に集まる。


「待って、九郎さん。一ノ谷の奇襲は止めた方がいいよ」


はっきりと言い切った望美の発言に驚いたのは、浅水だけではなかった。
九郎も驚いたように望美の顔を凝視している。
だが、そんな言い方では九郎のことだ。必ず理由を求めてくる。


「何故だ、理由を言ってみろ」


案の定、望美に理由を尋ねてきた九郎に、浅水も多少は同意した。
望美だって、多少の歴史は知っているはず。
だとしたら、なぜこうも一ノ谷の奇襲を止める必要があるのか。
もしや、この先に何があるか知っているのだろうか……?


「もし、平家が奇襲に備えて防備を固めていたらどうするつもりですか?」


ぴくり、と浅水の肩が揺れた。
確かに歴史を知る将臣が、一ノ谷の崖下で防備を固めている可能性もなくはない。
むしろ将臣のことだ。十中八九、固めているだろう。
だが、還内府が将臣だと知らないはずの望美が、どうしてそんなことを思うのか。


「いや……それはないと思う。見ればわかるが、あの崖から攻めてくるなど誰も思わない」
「俺はむしろ、そんな危険な崖を下りることに反対です」
「誰もがそう思うからこそ、奇襲になるんだ」


賛否両論の声が出る中、自分の考えは間違っていないと強気な九郎に、望美は尚も食い下がる。


「でも、その奇襲が読まれていたら負けちゃうんですよ!」
「読まれている奇襲より、ブザマな物はないかもね?」


望美の必死な訴えに何かを感じたのか、ヒノエは望美の援護に回ることにしたようだ。
これで九郎が納得すれば良し。
そうでなければ、自分も望美の方につこう、と浅水は九郎の出方を待った。


「……危険なのは認める。だが危険を犯してこその奇襲だ」


やはり、九郎はまだ青い。
嘆息混じりに溜息をつけば、浅水も望美の側へと向かう。


「相変わらず、源氏の大将は青いことこの上ない。私も、望美の言うとおりだと思うけどね」
「ッ、何だとっ!」


キッ、と浅水を睨むその目は、すでに冷静さを欠いているようにも見えた。


「そんなに簡単に、危険を犯すだなんて言わないで!」


尚も九郎の前に進み出る望美の顔も、真剣そのものだった。
だが、どこかひっかかる。
どうして望美は、この一ノ谷の奇襲を頑なに止めたがるのだろう?
このまま奇襲を進めると、何かが起きるのだろうか?


「物見を出してはどうだ?」


再び思考の海に入り込もうとしていた浅水だったが、望美への助け船のように出された言葉に眉をひそめる。
声の主を求めれば、それは九郎と望美の師匠であるリズヴァーン。
彼も、望美と同様に何かを知っているのだろうか?


「先生まで?……わかりました。物見を出しましょう」


リズヴァーンまでもが、今回の奇襲について望美と同意見だったことに、九郎も何かを感じたのか。
しばしの沈黙の後、渋々ではあるが一ノ谷へ物見を出すことを決定した。


これが杞憂であればいい。


そう願わずにはいられなかった。
だが、その願いは物見から戻ってきた兵の言葉に、あっさりと敗れることとなった。










望美は将臣の正体を知ってます(爆)
2007/4/21



 
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