重なりあう時間 | ナノ
福原編 弐





陸拾漆話
 てのひらのなか






浅水とヒノエが天幕へ戻ってくれば、そこに政子の姿はなく、苦悩する九郎の姿があった。
それほどまでに、今回の頼朝の命は彼にとって衝撃だったのか。
九郎の側ではリズヴァーンが何かを諭しているようだし、少し離れた場所には弁慶もいる。
そこまで思って、あれ?と首を傾げる。
八葉は一人欠けているから七人だとして、望美と朔、白龍を足して十人。
天幕の中にいる、自分の見知った顔は九人。
一人、景時の姿が足りない。
一応戦奉行でもある景時だ。
部下たちの場所へでも行ったのだろうか?


「あらあら、まだこんなところにいらしたんですの?」


不意に現れた人物に、思考が遮られる。
声で誰かは大体予想がついた。
そして、やはり感じる妙な気配。
ちらり、と視線をヒノエにくれるが、彼は何かを探るような表情で浅水の視線に気付かない。


「景時はもう生田に向かいましたわよ?早くしないと、景時一人に戦わせては可哀想ではありませんの」
「兄上がっ?!」


政子の言葉に、朔の顔色が一気になくなる。
ころころと、鈴を転がすような声で告げる政子の表情は、どこか楽しんでいるかのようだ。

気に入らない。

ムカムカとしたものが胸の内に広がる。
この人は、人の命などどうでもいいのではないのだろうか。


「さすがは鎌倉殿の懐刀」
「あなたは……あなたが景時に命じられたのかっ!」


激高する九郎を目の当たりにしても動じない。
それどころか、くすりと笑んですらみせる政子に、嫌悪すら覚える自分がいる。


「申し上げたはずでしょう?お命じになられたのは鎌倉殿。そして景時は優秀な戦奉行。必ず鎌倉殿のご命令を果たしますわ」


そう言って去っていった政子の後ろ姿を悔しそうに見送る九郎に、その場の誰もが視線を送る。
軍の指揮権を握るのは九郎だ。
彼の命なくしては、誰も、何も行動することが出来ない。


「全軍!出撃する!」
「待ってください、九郎」


高らかに宣言した九郎だが、それに弁慶が待ったを掛けた。
憮然とした表情で弁慶を見返す瞳は、焦燥の色が強い。


「止めるな、弁慶!」
「誰も止めたりしません。でも、今から生田を目指したとしても、景時の助けにはならない」


ゆっくりと言いながら、頭の中でありとあらゆる策を回転させる。
焦っているのは九郎だけではない。
表情に出していないが、弁慶とて同じだった。


「生田は平家の表……なら、裏から周り敵の背後を突けばいい。戦力を分散させれば、いくらでも景時の助けになるはずです」
「一ノ谷、だな」
「ええ、そうです」
「……わかった、そうしよう。全軍、出撃するっ!」


弁慶とリズヴァーンの会話を考え込むように聞きながら、それ以外に案はないと悟ったのか九郎は素直に頷いた。
す、と前を見据えた瞳は落ち着いていて、先程のような焦燥は見られない。


「一ノ谷……」


それとは逆に、浅水は小さく呟くと眉間にしわを寄せて考え込んだ。
確か、歴史上では一ノ谷で源氏の奇襲は成功した。
もちろん、それを知っているのは現代組だけ。


──当然、将臣もその事実を知っている。


将臣の今の立場を知らない望美たちは、彼が今どこにいるかを知らない。
そして、将臣自身も望美たちがどこにいるかを知らない。

けれど自分は知っている。

還内府が将臣である以上、今回の一ノ谷奇襲も知っている。
この策は果たして成功するのだろうか。


「確率は、五分」


将臣が、将として負けるとわかっている戦をするはずがない。
だとすれば、歴史を変えると知っていても、一ノ谷の奇襲に備えるだろう。
告げるのは今しかない。
だが告げたとして、どうやって信用してもらうかが問題だ。


「浅水?どうかしたのか?」
「え、何?」


ぽん、と肩を叩かれ我に返る。
周囲を見回せば、そこには浅水とヒノエの姿しか見えなくなっていた。
それにしまった、と小さく舌打ちする。


「あー、っと。少し考えごとしててね」
「ならいいけどさ」


ヒノエに促されて天幕の外へ出れば、既に準備が整っているようだった。
二人の姿を確認して、九郎は一つ頷いた。


「よし、そろったな。出陣!目指すは一ノ谷だ」


九郎の声が、その場に響き渡った。










……ノーコメントで(爆)
2007/4/19



 
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