重なりあう時間 | ナノ
福原編 壱
陸拾陸話
居たかっただけなんだ。迷惑をかけたかったんじゃないんだ。熊野から京へ戻ってくれば、次は福原で平家と和平を結ぶという話を聞かされた。
次から次へとよくもまぁ、話題が尽きないものだ。
だが、本当に和平が結ばれるのだろうか、と浅水は内心訝っていた。
それでも、鎌倉殿の名代として北条政子まで出向いてきたのだ。
信憑性もなくはない。
ところが福原へ向かう途中、有馬でそれは覆された。
「どういうことですか、政子様!!」
陣営の外にいても聞こえてくる九郎の声に、側で聞いていたら耳が痛くなりそうだ、と苦笑を漏らす。
九郎が声を荒らげた原因は、政子が告げた一言。
平家の陣を奇襲する。
これが、きっかけだった。
「……戦、ね」
陣営の外に出て、少し歩きながら浅水はぽつりと呟いた。
望美と共について行く。
そう思ったときから、こうなることは覚悟していたはずだった。
だが、まさかこんなにも早く戦が起きるとは思ってもみなかったのだけれど。
腰に帯びた小太刀に触れる。
それは、熊野で加工してもらった舞剣。
春に力を借りた、神々たちの媒体ともなる物だ。
刃を付けたそれは、今では立派に殺傷能力のある刀となっている。
「できることなら、これは使わずにいたいけど……」
思わずぼやくが、そうもいかないことはよく理解している。
戦の最中にいて、人を殺したくない、だなんて偽善もいいところだ。
戦にあれば、生きるか死ぬか、そのどちらかしかない。
「浅水」
名前を呼ばれ、思わず振り返る。
視線の先にいたのは言わずもがな、ヒノエである。
彼の気配に気付かないほど、自分は思案にふけっていたのだろうか。
「緊張してるのかい?」
いつもと変わらぬそれに、彼なりに心配していることがわかる。
もとより、浅水を戦に出したくないヒノエとしては、心配しないはずがない。
「少し、ね。考えてみれば、私にとってこれが初陣だし」
「そのわりには、随分と落ち着いて見えるけどね。ま、その方がいいけどさ」
言いながら近付いてくるヒノエを、その場から動かずに待つ。
浅水との距離を一歩だけ取り、まっすぐに前に立つ。
「戦が始まったら、余計なことは考えるな。生き延びるために、頭を空にして戦うんだ。それと、オレの側を離れるなよ」
出来るだけ守るから。
そう言って抱き締めてきたヒノエの背に、うんと頷いてからそっと腕を回す。
どうして自分は彼に心配を掛けることしかできないのだろう。
足手まといにしかならないのは、わかっているのに。
ヒノエの足枷にはなりたくないのに。
「……そういえば、ヒノエは政子さんから何か感じなかった?」
「何かって?」
突然の話題転換に、思わず首を傾げる。
自分は別段何も感じなかった。
「それがわかれば苦労しないんだけどね。あの人からは、妙な気配を感じる気がする」
柳眉を潜め、悩む姿も愛おしい。
ヒノエは戦を前にそんなことを思っている自分に、肩をすくめた。
「妙な気配、ね。なら、これからはオレも気をつけてみることにするよ」
「うん、頼む。私の気にしすぎなら、それに越したことはないんだけどね」
浅水は北条政子の名は知っていても、実際に会うのはこれが初めてだった。
綺麗な人だ、と思いつつ、その人から感じられる気に浅水は首を傾げた。
どこか禍々しさを感じるそれは、人が持つ物ではない。
だからこそ、気になったのだ。
だから、自分よりヒノエのほうがわかるかと思ったのだが、そうでもなかったらしい。
ヒノエがわからなかったのなら、自分の気のせいだろうと思うことにした。
「さて、時間だ。そろそろ戻ろうか」
「そうだね」
ヒノエに促されて、再び陣営へと戻り出す。
その際、入れ違いになるように陣営から出て行く部隊があったことに、浅水は気付きもしなかった。
福原編開始!始めから捏造万歳(爆)
2007/4/17