重なりあう時間 | ナノ
熊野編 参拾伍
陸拾伍話
傲慢な本音を隠すわたしを、あなたが嫌悪しませんように勝浦で望美を弁慶に頼み後処理を全て終わらせると、浅水はヒノエの前で居住まいを正した。
これから先、ヒノエが望美と行動を共にすると言うのなら、自分も身の振り方を彼に告げねばならない。
「ヒノエが望美の八葉として一緒に行くのなら、私も私の存在意義のために望美たちについて行くから」
そう告げたとき、ヒノエの眉がひそめられたのを浅水は見逃さなかった。
もしかしたら、反対されるかもしれない。
そんなことを思ったが、だが、こればかりは譲れないと思い直す。
「……存在意義ってのはどういうことだ?」
思っていたとおりの質問に、小さく唇をかむ。
まぁ、あんな言い方をしたら、尋ねてこないはずはないのだけれど。
いっそのこと、ヒノエに全て話してしまおうか。
そうすれば、少しは胸の内が軽くなるかもしれない。
そう考えて、否定する。
少しでも話してしまったら、際限なく自分は吐露してしまいそうだ。
今はまだ、ダメ。
ぐ、と言葉にしてしまいそうなそれを、喉元で押さえる。
「……ごめん。それはまだ言えない」
ヒノエの視線から逃れるように顔を背ける。
考え込むように腕を組んだヒノエは、まっすぐに浅水を見つめる。
彼女が自分に何か隠しているのは昔から知っている。
そしてそれは時期が来るまで頑なに教えてくれないことも。
だが、自分は京にいるとき、浅水を戦に出したくないと言った。
それは今でも変わらない。
だが、これから先、自分と同じように望美と行動するのなら、戦は避けて通れない。
出来ることなら、安全な場所にいて欲しい。
そんな些細な願いですら、彼女は叶えてくれないのだろうか。
「オレは、前にもお前を戦に巻き込みたくないって言ったつもりだけど?」
「それは知ってる。だから必要最低限、自分の身を守れるくらいの武術は習った」
「どうしてそこまでお前が望美と一緒に行きたいのか、理由がわからない。せめて、その理由くらいは教えて欲しいね」
それを言うまで、同行を許可するつもりはない。
やんわりと、遠回しに告げれば、浅水の顔が苦悩でゆがんだ。
それほどまでに言いたくないことなのだろうか、とヒノエは理解に苦しむ。
「……望美には、言わないでね」
暫くして、そう前置きをすると、浅水はヒノエに理由の一つを話して聞かせた。
望美の捜し人は自分なのだと。
翌日。
勝浦で望美と再会した二人は、彼女から正式に源氏への熊野の協力を願われたが、それを拒否した。
負ける戦はしない主義の熊野は、勝ち目のない源氏へは力を貸せないと。
だが、熊野別当ではなく、個人の力なら貸してもいいと。
「熊野の頭領として約束してやるよ。源氏に勝ち目が出たら、全力を挙げて支援するってね」
「ありがとう、ヒノエくん!」
「じゃ、これからよろしく。それと……」
満面の笑みで喜ぶ望美に改めて挨拶をすれば、自分のすぐ後ろに立っている浅水の姿を見る。
それに気付いた望美も、首を傾げながら浅水を見た。
「これからは私も一緒について行くから。もちろん、私の意志であって、熊野とは関係ない」
その言葉に、望美の目が思わず開かれる。
「本当ですか?!」
「もちろん。それとも、私の協力は迷惑かな?」
「そんなことありませんっ。大歓迎です!」
抱きついて喜びを表す望美に、思わず笑みがこぼれる。
これで迷惑だと言われたらどうしよう、とわずかばかりの不安もあったのだ。
だが、そうではなかったことを知って安心した。
そんな二人を見ていたヒノエの表情が、どこか固かったのを浅水は知らない。
とりあえず、これにて熊野編終了です!
2007/4/15