重なりあう時間 | ナノ
熊野編 参拾弐





陸拾弐話
 駆け抜ける戦慄、あるいは







烏から報告を受けた浅水は、さぁっと全身の血が下がるのを感じた。
まさか、こんなことになるなんて。
くるりと踵を返し、そのまま飛び出していきそうな浅水の腕をヒノエがつかむ。


「ヒノエ、放して!」
「少しは落ち付けって。まだ命を取られたわけじゃない。多分、身代金目的の奴らだろ」
「だからって、このままにしておけるわけないでしょう」


頭に血が上っている浅水と違い、ヒノエは冷静でいた。
どんな局面であっても冷静さを欠いてはならない。
これは父・湛快と弁慶から再三言われていることだ。
いつもなら、浅水もこれくらいのことで取り乱したりしない。
ところが今回はどうだろう。
それほどまでに、望美のことが気に入っているのか。


「誰も望美を助けないなんて言ってないだろ。今から行けばまだ間に合うさ」
「だったら!」
「何の下準備もせず、このまま無鉄砲に望美を助けに行ったとして、お前はどうやって勝つつもりだ?」
「あ……」


ぴしゃりと言われ、思わず言葉を飲む。
ヒノエに言われた言葉をゆっくりと反芻して、ようやく冷静さを取り戻したようだ。
再び見つめ返してくる瞳には、先ほどのような焦燥は見られない。


「ごめん、目が覚めた」
「いや、それにしても珍しいじゃん?浅水がそんなに慌てるなんてね」
「まぁ、ちょっとした罪悪感、かな。私の着物を着ていたから、こんな目にあったんだろうし」


説明する浅水の言葉を聞いて、あぁ、と納得する。
そう言えば、九郎にお姫様のように振る舞えと言われ、浅水と朔が着付けてやったのだ。
浅水の着物を着た望美は、普段と違い、さぞかし美しく着飾ったのだろう。
そう、誘拐されてしまうほどに。


「なるほどね。じゃ、浅水も落ちついたところで、姫君の救出に行くとするか」
「もちろん!」
「水軍の奴らに連絡して、すぐに船を出せるようにしろ!それと、湊に小舟も用意しとけ。オレと浅水はそれで先にそいつらを追う。武装も怠るな!!」


報告してきた烏にそう告げると、二人は速玉大社を後にした。
目指すは勝浦。
望美の救出である。





湊に二人が姿を現せば、それを見た水軍の一人が駆け寄ってきた。


「頭領、副頭領。小舟の準備は出来てやすぜ!」


すでに連絡を受けて、指示通り準備していたらしい。
小舟のある場所へ案内されながら、今のうちにと矢継ぎ早に口を開く。


「それで、龍神の神子を誘拐した奴らの船は?」
「ついさっき、沖へ向かって出航しちまいやがった。今からならまだ間に合うはずでさ」
「わかった。お前たちは船の準備ができ次第追ってこい」
「合点!」


用意されていた小舟に飛び乗り、いざ出発というところで、何かを思い出したように浅水は振り返った。


「弁慶に、しばらくしたらここまで望美を迎えにくるように伝えて」
「浅水」


それだけ告げると、ヒノエに先を促される。
頷くことで返事を返せば、二人は小舟を走らせた。
今から行けばまだ間に合う。
櫂を持つ手に力が入った。


「浅水、望美ならきっと大丈夫だから」
「……そうだね」


安心させるように言葉を掛けてくるヒノエに、力なく微笑む。
そんなに自分は情けない顔をしているのだろうか?
いつも以上に余裕がないことは認める。
起きてしまったことは、もう取り返しがつかない。
だから、無事に望美を取り戻せるように頑張らねば。


「浅水、あれだ」


しばらく小舟を走らせていれば、目的の船が姿を現した。










いろいろとおかしいのはスルーで
2007/4/9



 
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -