重なりあう時間 | ナノ
熊野編 参拾壱
陸拾壱話
怪盗には、噂話と予告状が付き物本宮で一泊した翌朝にちょっとした一騒動があったが、その後望美たちは無事に速玉大社へたどり着くことが出来た。
本当なら、そのまま別当と面会したかったようだが、さすがにそれは弁慶が押し止めた。
それに安堵したのは浅水である。
なぜなら、望美に着せるための着物が、まだ速玉大社に届いていなかったのだから。
景時が頭領との面会予定を取り付けてくれば、ヒノエは挨拶をしてくると、早々に出かけていった。
熊野別当としての準備に入るのだろう。
別当補佐はお呼びじゃない、とヒノエには言ったが、やはり自分もその場に立ち会うならそれなりの準備はしておかなくてはならない。
浅水も一緒について行こうかと思ったが、これからする仕事を思えばそれは出来なかった。
「さて、それじゃ始めますか」
「ふふ、そうね」
「えっと……二人とも、すっごく楽しそうだね……」
これからする仕事。
そう、それは望美がお姫様に見えるよう、綺麗に着付けることだ。
別室には、本宮から運んでもらった浅水の着物や小物が何種類か並んでいる。
それらは今朝方届いた物だ。
持っている着物の中から、望美に似合いそうな物、とヒノエにも協力してもらった。
本宮ではあまり時間がなく、望美に着物を当てることが出来なかったからだ。
だから、実際この場に並んでいるのは、ヒノエの趣味が多数である。
「そうね、望美にはどれが似合うかしら」
「そうだね……望美なら、何でも似合いそうだし」
「あのっ、あのね。そんなに張り切らなくても……」
望美の話を何一つとして取り合わず、浅水と朔だけで話を進めていく。
それからしばらくの間、望美は二人の着せ替え人形として、あれこれ着物を着せられる羽目になった。
ちゃんと着付け終わったその頃には、望美はすっかり疲れ果てていた。
「綺麗よ、望美。きっと素材がいいからね」
「もう、からかわないでよ〜」
「いや、朔の言うとおり、立派にお姫様に見えるよ?」
二人にほめられて嫌な気分はしなかった。
「せっかくだから、みんなに見せてきてはどうかしら?」
「そうだね。望美には見せたい人がいるだろうし?」
言葉に含みを持たせれば、瞬時にその顔が赤くなる。
それを見て、可愛い反応だなと思う自分がいた。
今では、望美のような反応はすっかり出来なくなった。
それはもちろん、ヒノエと十年も一緒にいたということが上げられる。
「うん、ちょっと行ってくるね」
そう言って出て行く望美を見送れば、朔は片付けるために再び部屋へと戻った。
朔と離れた後、浅水は周囲を見回してその場に誰もいないのを確認する。
「望美の警護を。何かあれば、すぐに連絡をよこして」
「はい」
声を潜めて言えば、すぐにいらえが返る。
それは、浅水の警護に当たっていた烏の一人だった。
烏の気配がなくなると、小さく溜息をつく。
危険なのは、怨霊だけではない。
生きた人間とて、そうなのだ。
それに、最近はこの熊野でもあまりいい噂を聞いていない。
用心するに越したことはないだろう。
「さて、と。私も速玉に行かなきゃいけないかな……?」
望美の着付けという一仕事が終わり、手持ち無多差になった浅水は、ぐんと背を伸ばしながら首を傾げた。
朔に一言告げて、ヒノエ同様、速玉大社へ向かう。
そのときは、想像もしていなかった。
まさか、自分の貸した着物のせいで望美の身に危機が起こることなど。
速玉大社でヒノエと合流した浅水に、望美が誘拐されたと警護に付けた烏から報告があったのは、ほんの一刻後のことである。
一気に話を進めてます(爆)そのため、一話カットしました
2007/4/7