重なりあう時間 | ナノ
熊野編 参拾





陸拾話
 隠してはいるけれど今でないいつかならあなたに暴いてほしい秘密






ヒノエの言葉に、浅水は何も言わず、ただ微笑んだ。
それは明らかな拒絶。
これ以上追求しても彼女が何も答えてくれないことは、この十年の間で既に学んでいる。

時期が来るその日まで、

浅水が話してもいいと思えるその日まで、

それは浅水の胸に仕舞われる。

目を閉じ、小さく息をついて気持ちを切り替える。
再び目を開けば、目の前に見える優しい笑みを浮かべたままの浅水の頬を撫で、次いで髪の毛に触れる。
首の後ろで一纏めにしている紐を解けば、さらさらとした髪が指の間をすり抜けた。


「さっき譲に話したことは、お前の経験談だろ?今回は何日なんだ?」


背に流れた髪の毛の一筋を掬い、それに口吻ながら問えば、質問の意味が分からなかったのかぱちくりと瞬きした。
頭の中でゆっくりと反芻してから、ついと視線を泳がせる。
それをみて、やっぱりと小さく舌打ちする。
どうしてもっと早く気付かなかったのか。


「……まだ二日だよ」
「まだ、ね。だからって、それを知ったオレが放っておくと思うかい?」


ちらりと悪戯な視線を送れば、浅水はがっかりと肩を落とした。
ヒノエにバレてしまっては、このまま起きているわけにいかない。
かといって、素直に眠りたくもない。


「でも、不思議と眠くないの。だからヒノエは先に休みなよ。私はしばらくここで月を見てるから」


そう言えば、ヒノエは何か言いたげに浅水から離れた。
何も言わず庭から邸に戻っていったヒノエの後ろ姿に、思わず安堵する。

まだ二日。
もう少し、頑張れる。
起きていられるのは熊野にいる間だけ。
それ以降は、何が起きるか分からない。

そう思いながら、月を仰ぐ。

浅水が夢を見始めたのは、望美たちが熊野へ来てからだった。
始めは朧気だったそれが、最近になって現実味を帯びた夢に変化した。
起きているのか、寝ているのかあやふやな世界。
そういう夢は、後に現実の物となる。
それを知っているからこそ、今は眠るのが怖い。

ましてやそれに、自分の大切な人たちが関わっているとなれば尚更。

多分、自分の見ている夢と譲が見ている夢は同じ物なのかもしれない。
そう考えれば、譲の夢見が悪いのも頷ける。


「浅水」


ふいに自分の名を呼ばれ、考えるのを中断する。
声のした方を見れば、そこには去っていったはずのヒノエの姿。
その手には何か布のような物。


「ヒノエ……。寝たんじゃなかったの?」
「お前一人を置いて眠れるわけないだろ。浅水が起きてるつもりならオレも付き合うよ」


濡れ縁に腰を下ろしながら、浅水へ向けて手を差し伸べる。
一瞬ためらってからヒノエの側へ行けば、ぐい、と強く手を引かれた。
そのままヒノエの足の間に座らせられ、後ろから腕を回されれば、完全にヒノエに捉えられる。


「この方が浅水を腕の中に捕まえておけるからね」
「もう、私はどこにもいかないってば。……でも、ありがとう」


背中にヒノエの体温を感じながら、そっと回されている手に触れる。

久しぶりに感じた、自分以外の体温。

思っていた以上に安堵するのは、それがヒノエの腕の中だからだろうか。

今なら、夢も見ずに眠れるかもしれない。


「浅水……?」


突然自分の方へもたれかかってきた浅水に驚いて、そっと声を掛ける。
だが、返ってくるのは規則正しい寝息ばかり。
それに小さく笑みをこぼしながら、持ってきた肌掛けで浅水を包む。



「今だけは、オレの腕の中で、ゆっくりお休み」



そっと囁いて、その髪に口吻た。










……いろんな意味でごめんなさい(脱兎)
2007/4/5



 
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