重なりあう時間 | ナノ
熊野編 弐拾玖





伍拾玖話
 夜風は身体を冷やすから






不意に現れた人物に、浅水と譲の視線が向けられる。


「ヒノエ」


ヒノエの登場に少し驚いた譲が声を上げるが、浅水の方は分かっていたのか何も言わない。


「今の言葉はどういう意味だ?」
「熊野にも、夢で先を知る神子姫がいるんだ。お前のことを話したら、心配して自分の薬を分けてくれたんだよ」


だからさっさと受け取れ、と態度がそう言っている。
渋々と納得して浅水から薬を受け取れば、手の中でそれを弄る。


「なぁ、その神子姫に……いや、薬のお礼を言っててくれないか?」


ぎゅっと薬を握りしめて、決意を決めたようにヒノエに近寄るが、すぐに思い直す。
小さく頭を振ってから、薬を示してみせる。


「わかった。ちゃんと伝えるさ」
「なら、俺はこれを飲んで寝ることにするよ。お休み」


そう言って部屋へと戻る譲の後ろ姿を見送る。
彼は、何を言おうとしたのだろうか?


「浅水」


譲の姿が完全に見えなくなった頃、今度はヒノエが浅水の側へとやってきた。
濡れ縁から庭に出て、ちょうど浅水の目の前に立つ。


「盗み聞きは趣味がいいとは言えないけど?京の二の舞はごめんこうむりたいわね」
「まさか。あんなヘマはもうしないさ」


ねめつけるように言えば、余裕の笑みで返される。
全く、どこからそんな自信がわいてくるのだろうか。
呆れたように溜息をつけば、ふわりと肩に暖かい物が掛けられる。


「いくら夏とはいえ、夜に薄着でいたら風邪を引くよ」


そう言いながら、ヒノエは自分の上着を浅水に掛け、そのままきつく抱き寄せた。


「お前があの月に魅せられて、どこか遠くへ行ってしまいそうだったからね」


耳元で囁かれる言葉はどこかくすぐったい。
だが、その言葉とは裏腹に、ヒノエの腕は浅水を離さないようしっかりと抱き締める。


「そんなこと、あるわけないでしょ」
「わからないだろ。夢で先を知るのは譲だけじゃない。浅水だって……いや、浅水のほうが譲より鮮明に先を知ることが出来るはずだろ?」


不安なんだ。

そう続けられる言葉は、普段の彼からは全く想像が出来ない物で。
いつも余裕と自信がある彼の口から、生まれてくるとは思えないほどの弱音。


「……お前を、あの月に帰したくない」


絞り出すように紡がれた言葉に、大げさに溜息をついてみせる。

たかが血縁。

されど血縁。

血のつながりは恐ろしい物だな、と改めて思わずにはいられない。


「やっぱり血縁だね」
「何……?」


わざと明るい声を上げてやれば、肩口にあった顔が目の前に移動する。
ことりと首を傾げるその様は、年相応の少年。
早く大人になることを余儀なくされた少年は、極まれに、その表情を表に出す。


「弁慶も、ヒノエと似たようなこと言ったから」
「まさか……」
「そう、そのまさか」


それでピンと来たのか、途端に顔をしかめ始める。
そんなヒノエを視界に入れながら、天を仰いで月を見る。


「私は、月になんて帰れないのよ。……多分、もう二度と」


何かを諦めたように呟いたそれは、当然密着していたヒノエにも届いた。
ギクリと彼の身体が強ばったのを感じる。
ヒノエは思わず身体を離すと、両手で浅水の肩をつかむ。

あぁ、余計なことを言い過ぎたか。

そう思っても後の祭り。
紡いだ言葉は戻ってはくれない。





「なぁ、お前は一体何を隠しているんだ……?」





尋ねる彼の声はヒノエのときよりも固く、別当・湛増と呼ぶに相応しい物だった。










誰かさんの暴走のせいで、甘……くなってくれない……orz
2007/4/5



 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -