重なりあう時間 | ナノ
熊野編 弐拾捌





伍拾捌話
 いざというときの話






深夜。
浅水は庭に出て月を見ていた。
少し前から、どこかで敦盛が奏でている笛の音も聞こえる。
こうしていると、昔に戻ったようだ。


「……眠れない?」


背後に気配を感じ、振り返らずに問えば、問われた方は驚いたようにその足を止めた。


「どうして分かったんですか?」
「そうだな……勘?」


逆に問い返され、考えながら答えれば、くるりと体制を変える。
そこには、譲の姿があった。
用意された夜着を身に付けていることから、一度は床についたのだろうか。


「明日も早いんだから、寝た方がいいと思うけど?」
「ちょっと、夢見が悪くて目が覚めたんです。そういうあなたも、早く寝た方がいいんじゃないですか?」
「私はいいんだよ。別に疲れてるわけじゃないからね」


そう返しながら、譲が眠れない理由を悟る。
星の一族の力。
将臣はそうでもなさそうだが、譲は夢で先を見るのだろう。

そう、浅水のように。

だとしたら、最近寝不足だという理由も頷ける。
何かよからぬことでも夢に見ているのだろうか。


「譲が見ている夢は、この先に起こることかな?」
「さぁ、どうなんでしょう。俺にも分からないんです。それに、ただの夢かもしれない」
「でも、その夢のせいで眠れないんでしょ?話してみれば、少しはすっきりするかもしれないよ」


譲に夢の内容を尋ねてみたが、彼は教えてはくれなかった。
相も変わらず頑固である。
だが、そこまで頑な理由があるとすれば、譲の場合は望美が関係しているのだろう。
昔から、譲の世界は望美を中心にして回っていた。
それは今でも変わらないようだ。
ならば、何を言っても無駄だろう。


「眠れないなら、可能な限り起きてればいい」
「え?」


突然の話題転換に思わず聞き返す。


「自分の体の限界まで起きてれば、眠りについたときに夢も見ずに深い眠りにつける」


そう話す浅水はどこか遠くを見ている。
目の前にいる譲の姿は目に入っていないようだった。


「翅羽、さん?」
「でも、戦の時はやらない方がいいだろうね。寝不足で戦に参加するのは命を捨てるような物だ」


一瞬、見間違えたのかと思った。
なぜなら、くすりと微笑むその顔は普段のそれだったから。
だが、今の話は冗談で言ったようには見えない。


「ま、明日も早いことだし、今日は寝た方がいいだろうね」


譲の側へ近づき、はい、と手を差し伸べる。
それに首を傾げながらも、自分も手を出せば、その中に小さな包みが落とされる。
どうやら薬のように見えなくもない。


「あげる。熊野の神子姫様愛用の眠り薬。今晩はそれ飲んで寝ちゃいな。あぁ、弁慶が処方した物だから、味は保証しないけどね」
「え、でも……」


手の中の包みと浅水の顔を交互に見る譲に、言ってやらないとわかないか、と溜息をつく。


「あのさ……」
「夢で先を知るのは、譲だけじゃないってことだよ」


浅水が口を開けば、皆まで言う前にその場に現れた第三者によって言葉が続けられた。










今度の暴走者はあの人でした……orz
2007/4/3



 
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