重なりあう時間 | ナノ
熊野捏造編 肆
肆話
理由の欠片をひとつ下さいきちんと正座をして、すっと正面を見据える。
正面には湛快の姿。そして、それよりも下座に弁慶の姿がある。
弁慶に湛快との面会を頼めば、弁慶共々彼の部屋へと通されたのだ。
「で?俺に話したいことがあるんだって?」
軽い緊張感に耐えきれなくなった湛快が口を開いた。
浅水はこくりと頷くと、真っ直ぐに湛快を見た。
「先ずは、助けていただき有難うございました。……私の名は七宮浅水と言います」
礼を述べ頭を下げてから、浅水は自分の名を名乗った。
今までは普通に名乗れた名前。
これからは、名乗ることを躊躇うかもしれない名前。
この名の意味をすぐに悟る人は少ないだろうけれど、できることなら隠しておきたい。
ましてや、祖母が生まれ落ちたこの地では。
でも、自分を助けてくれた人には、本当の自分を知って欲しくて。
簡単に人を信じることが良いことではないけれど、この人たちなら大丈夫。
なぜかそんな気がしてならなかった。
だが、名前以外の事を告げるのに、未だ躊躇っている自分が居る。
(覚悟は、決めたはずなのにな)
右も左も全くわからない地に一人。
このことが、思っていた以上に精神的にきていたらしい。
内心で小さく息を吐くと、浅水はこっそりと二人を伺った。
「七宮……?」
「聞いたことがありませんね」
顔を合わせ首を捻る二人に、浅水は続けた。
「七宮家は、京にある星の一族の分家に当たります。既に失われた名ですが」
全くおかしな話だ。
自分が話しているのは全て祖母から聞いた知識。
その知識を、さも当たり前のように話している自分が酷く滑稽に見える。
実際はどういうものか、知りもしないくせに。
「失われた……?そいつは気になるな」
「そのままの意味です。今では分家の七宮姓を名乗るのは私だけ」
うっすらと笑みさえ浮かべて話す少女に、弁慶は違和感を覚えた。
自分のことを一歩離れた場所から客観的に話すこともそう。
だが、それ以上にその表情。
十前後の子供がこんな表情をするのだろうか。
そして浮かんでくる疑問。
「浅水さん、とおっしゃいましたね。森で貴方を保護したとき、貴方は旅装束ではなかった。どこから来たんですか?」
弁慶が疑問を口に出せば、浅水の肩が思わず揺れる。
それを湛快と弁慶は見逃さなかった。
彼女の話していることに嘘偽りはない。
だが、まだ隠していることがある。
二人はそっと目配せをしてから、小さく頷いた。
「なぁ、お嬢ちゃん。俺たちはお嬢ちゃんに危害は加えねぇ。だけど、お嬢ちゃんが話してくれなきゃ、助けてやることもできねぇ」
「兄に話があってここまできたんしょう?話してみませんか?」
できるだけ柔らかく、優しく探るように言葉を紡ぐ。
キュッと唇を噛み締めるその姿は、何かに耐えているようにも、考えているようにも見える。
二人は浅水からの回答を急かすことなく待った。
「……わかりました。全て、お話しします」
ようやく口を開いたことに、ホッと胸を撫で下ろしながら、これから告げられる話に二人は自然と姿勢を正した。
自分がここへ来ることになった理由。
それは、おとぎ話のような本当の話。
長いので分けました。
2006/12/10