重なりあう時間 | ナノ
熊野編 拾捌





肆拾捌話
 水面には君という波紋






宿へ戻って弁慶が所用で出掛けると告げれば、結局熊野川へ行くのは翌日ということになった。
せっかく出来た時間を無駄にするのは勿体ないと、浅水は那智の滝まで足を伸ばしてみることにした。
那智大社ならばよく足を運ぶが、更にその奥となるとなかなか行く暇が見付からないからだ。


「ここも相変わらずだな」


暑い日差しの中眺める滝は、どこか涼しげだった。
滝壺の方を見れば、水飛沫が反射して虹を作っている。
浅水は周囲を見回して、どこか休める場所を探した。
さすがにこの日差しの中にいては、日焼けをしてしまう。
日陰で、誰かが来ても邪魔されないような場所。
そう考えると、一番良い場所は一ヶ所しかなかった。


「熊野で木登りを覚えてからは、無駄にやってる気がするわ」


木の上で幹に背を預け、枝の方へ足を伸ばした浅水はしみじみと呟いた。
少なくとも、望美たちと再会してからこれで三度目だ。
そう思うと、体だけでも若くて良かった、などとどこか悲しいことを思ってしまう。


「それにしても大きな滝だね」
「さすがは那智大社のご神体ですね」
「そんなにありがたがるようなもんか?」


ふと聞こえてきた声に視線をやれば、望美と将臣と譲の三人が仲良く滝へ向かって歩いてきたところだった。
おそらく弁慶のせいで時間を持て余してしまったから、散歩にでもやってきたのだろう。
目を閉じて三人の話に耳を傾けながら、昔の話が出る度に自分も思い出す。
子供の頃に望美の家族とも行った家族旅行。
本当ならば、自分は家族じゃないのだが、一緒に連れて行ってもらった。
そこで、ここと似たような滝があった。
どういった理由だったかは忘れてしまったが、自分たち四人は川に落ちてずぶ濡れ。
心配していた親の元へ戻れば怒られるのは目に見えていたから、自分と将臣が二人を庇ってこっぴどく怒られたんだっけ。
思わず思い出し笑いになった。
今となれば、どれも懐かしい思い出。

だから、一人過去へと思いを馳せていた浅水は気づいていなかった。

浅水がいる方を見つめている、将臣の視線があったことに。


「こんな兄さんは放って、安全なところへいきましょう」


そう言って、その場から離れてしまった譲。
望美は将臣の方をしきりと気にしながらも、その譲の後を追って行ってしまった。
その場に残されたのは将臣唯一人。
てっきり、将臣も望美たちの後を追うのかと思いきや、じっと一点を見つめている。
そう、浅水がいる木の方を。


「なぁ、そこにいるんだろ?下りてこいよ」


どこか躊躇うように声を掛けてくるが、その顔は浅水がその場にいることを確信しているようだった。


「何?言っておくけど、後から来たのは将臣たちの方だからね」


木から下りながら言えば、わかってるって、と返ってくる。


「それで?私に何か用?」
「あぁ。ちょっと聞いておきたいことがあってな」


聞いておきたいことというのは一体何だろうか。
だがこちらも一度、聞いておきたいことがあった。
望美たちがいない場所で。
そう考えると、今がちょうど良いのかも知れない。


「私に答えられることなら何でも。その代わり、私が聞きたいことにも答えてくれる?」
「ま、俺が答えられることだったらな」


お互い真剣な表情で言葉を交わし、一拍置いてからぷっと吹き出した。


「なら、俺から言うぜ」


お互いの口から出る質問が、相手の核心となるものだなんて、誰が想像できただろうか。


それでも、お互いに、聞かずにはいられなかった。










どんな会話だったのかはご想像にお任せします(爆)
2007/3/14



 
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