重なりあう時間 | ナノ
熊野編 拾漆





肆拾漆話
 定例どおりのやりとりだから






弁慶だけでも厄介なのに、それに浅水まで加わったとなると、明らかにヒノエの方が不利だった。
だが、許嫁のことについて詳しく教えろと言われても、自分だって今初めて聞いたのだ。
説明が出来るはずがない。


「あのさ、許嫁のことに関しちゃオレだって初耳だったんだけど?」
「おや、そうなんですか?君にしては珍しい」
「アンタねぇ……オレのことを何だと思ってるわけ?」
「ふふ、こんな往来で言っても良いんですか?」


相も変わらずな言葉の応酬。
だが、そんな二人の会話も浅水の耳には入ってこなかった。
ヒノエですら知らなかった許嫁の噂。
だとすれば、どこからそんな噂が流れたのか。
噂が流れるということは、誰かがそれを口にしたということ。
浅水の知り合いで、そんなことを口にしそうな人物は……。


「……湛快さん……なわけないか」


思わず口にして、直ぐさま否定する。
第一、彼の人がわざわざそんなことをする必要があるのだろうか。


「兄ですか。充分考えられますね」
「あんの糞親父」


浅水の呟きに反応するどころか、同意してきた二人に思わず慌てる。
自分の思ったことは、単なる想像で実際に有り得ないと信じているのだ。


「ちょっと待って。湛快さんがそんな噂、流すはずないでしょう?」
「浅水は知らないからそんなことが言えるんだよ」
「いつまでも独り身で、女性を口説くのが好きな現別当ですからね。さすがにそれは外聞が悪い。なら、既に許嫁がいると言っておけば、とりあえずの体面はとれます」
「なら、本当にヒノエは知らないんだ?」
「当たり前だろ。オレが知ってたら真っ先に浅水に言ってるぜ?」


違うか?と聞かれてしまえば、確かにそうだと頷くしかない。
昔から、ヒノエは浅水に無理強いをしたことはなかった。
何をするにも本人の意志を確認してから。
浅水の意見を無視して決めるということは、まずもってしたことがない。


「ま、だとしたら今回はヒノエの自業自得、ってところかな」
「は?オレだって被害者だろ」
「君の普段の態度が物を言うんですよ。これに懲りたら、少しは控えたらどうですか」
「へぇ、オレが控えてもアンタは構わないんだ?」
「どういう意味ですか」
「それくらい、自分で考えなよ」


また始まった。
どうしてこの二人はいつもこうなのだろうか。
口を開けば売り言葉に買い言葉。
二人が一緒にいて、静かだったためしなど一度もない。


「似たもの同士……いや、同族嫌悪か」


やれやれ、と肩を竦めて二人のやり取りを眺める。
これが自分に関係なければ楽しんで見ていられるのだが、自分まで巻き込まれるとたまったものじゃない。
しかも、口から生まれてきたようなこの二人だ。
誰かが仲裁しなければ、いつまで経っても終わらない。


「とりあえず、そのくらいにしたら?私たちには行かなきゃいけない場所があるわけだし」
「……そうですね。あぁ、そういえば僕は熊野川へ行く前に、行かなきゃいけない場所があるんだった」
「どこだよ、それ」
「ふふ、秘密です」


浅水は再び口論を始めそうな二人の間に入り、望美たちの待つ宿へと向かうことにした。
歩いている間、考えていたことは許嫁のこと。





どうしてだろうか。


普通なら、勝手に許嫁にされたことに頭に来ても良さそうなのに。


熊野別当の許嫁だと言われ、それを嫌だと思わない自分がいた。










やっぱり天地朱雀の漫才は書いてて楽しい
2007/3/12



 
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