重なりあう時間 | ナノ
熊野編 拾陸





肆拾陸話
 そのままとられたら困ってしまう






行商人の言葉に、望美は思わずおうむ返しになる。


「許嫁、って……熊野の頭領に、許嫁がいるんですか?」
「あたしたちの間じゃ有名だよ。熊野の頭領の許嫁は、熊野の神子姫だってね」


そんな噂など浅水は一度たりとて聞いたことがない。
結局、行商人の会話からヒノエが熊野別当だということはわからなかった。
それについては一安心だが、引っかかったのは許嫁と言う単語。
どこからそんな噂が流れたのだろうか。
第一、熊野の神子姫はよほどのことがない限り、本宮から姿を現さないようにしていたのに。


「……本宮に行って頭領に会ったら、しとやかな姫君で通せ」


自分の世界に入っていた浅水は、九郎の頭領という言葉に意識を取り戻した。
よく見れば、望美と向かい合って真剣な顔で何かを諭しているようだ。


「これから当分の間、頼むから大人しくしててくれ」
「ええ!そんなぁ」


九郎の言葉に反論した後、望美はチラリとヒノエを見た。


「ヒノエくん、頭領が女の好みで動くはずないよね?」


確認のためなのか、それともそれを知っているのか。
今の望美の問いでは、少々判断しづらかった。

だが、もし知っているのなら。

望美がヒノエに会ったのは六波羅が最初のはず。
もちろん、ヒノエに限って口を滑らせるなんて事は考えにくい。
弁慶だってヒノエがわざと黙っているのは知っているから、それをあえて教えてやるということは多分、ない。
教えていたら、わざわざ望美たちが熊野まで来る必要は、どこにもないのだから。
だとしたら、望美はどうやってヒノエが熊野別当だと知ったのだろうか?


「いや?頭領はお姫様姿を見たら一発で参るだろうね」


ヒノエの望美への答えは多分、彼の本音だろう。
いつも戦装束の望美。
たまには、お姫様姿を見てみたいというところか。
だが、望美のお姫様姿というのは、浅水も少々見てみたかった。


「オレは一度拝んでみたいね。ま、オレを楽しませると思って、一つやってみてくれないか?」
「そうだね。その時は私の着物を貸してあげるよ」
「それはいいね」
「ちょっと、二人とも?」


いつの間にか、浅水とヒノエの間で盛り上がってしまっている。
それを見て、望美はがっかりと肩を落とした。
そして、とどめの一言。


「多分、よく似合うと思いますよ」


弁慶からも笑顔でお墨付きを頂いた。
これには望美も諦めるより他になかった。
現地に行くにしても、一度宿に戻ってから、ということで望美たちは宿へ戻ることになった。
その際、浅水はヒノエの肩を掴んでその場に止どめる。


「ヒノエ、どういうことか説明してもらおうか?」
「僕にも教えてもらえますよね」


にっこりと、二人とも似たような笑顔を浮かべ、ヒノエに問い詰めた。










大人しい望美は想像付かない
2007/3/10



 
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