重なりあう時間 | ナノ
熊野編 拾
肆拾話
急がないと間に合わないのに望美の体が舞うのを見て、制止の声も聴かずに、浅水は躊躇いもなく、宙へと自らの身を投げ出した。
望美の腕を取り、あらん限りの力で元いた場所へと投げつける。
何とかみんなのいる場所へとたどり着けば、白龍を始めとしたメンバーが望美へと近付いた。
だが、それで望美は助かったとして、浅水は戻る手だてはない。
残されているのは、落下のみ。
「翅羽さんっ!」
「翅羽!!」
「翅羽殿っ!」
ヒノエ、弁慶、敦盛が落下を続ける浅水の名をその場から叫ぶ。
その顔はどれも心配そうで。
そんな顔をさせてしまったことに申し訳なく思った。
この高さから落ちたなら命の保証はないだろう。
多分、望美たちと生きて会えることはないのかもしれない。
でも、後悔はしない。
望美が無事だったなら、それでいい。
あぁ、でも一つだけ。
ヒノエと仲違いしたままだったのは残念だな、と思う。
どうせだったら誤解を解いておきたかった。
もし、万が一にでも自分が助かるのであれば。
その時は、きちんとヒノエと話をしよう。
例え避けられたとしても、しっかりと彼を捕まえて。
(生か、死か。神のみぞ、知る。運を天に任せよう)
浅水はこれからのことを思い、ゆっくりと目を閉じた。
「先輩っ!」
「神子!大丈夫?」
「う、うん」
自分を心配するみんなの声に、望美は小さく頷いた。
一体何が起きたのかわからない。
確か、自分は崖から落ちたのではなかっただろうか?
それなのに、今は先程までと同じ場所にいる。
先程までと違っているのは、体のあちこちが痛いことと、いつの間にか出来ている擦り傷。
そして、近くから聞こえる口論。
「翅羽!クソッ……!!」
「ヒノエ、落ち着いて。君までここから落ちては元も子もないでしょう」
「だからって、このままにしておけないだろ!」
「私も、ヒノエの言うとおりだと思う。だが、弁慶殿の言うことも一理ある」
落ちる。
その言葉に、望美はようやく事態を理解した。
自分は突然吹いた突風に飛ばされ、崖から落ちたのだ。
今までの運命では、自分を追って白龍が助けてくれた。
その際、五行の力が戻ってきたおかげで白龍は成長した。
だのに、今回は違った。
「白龍!翅羽さんを助けられるっ?」
慌てて白龍を探せば、その小さい肩を両手で掴みすがるように声を出した。
問われた白龍は言葉を理解するようにゆっくりと瞬きをする。
「うん、やってみる」
小さく頷いてぎゅっと両手を握り締める。
途端、白龍の体から眩い光があふれ出した。
「翅羽……」
この光には覚えがあった。
自分が崖から落ちたとき、助けてくれた白龍は同じ光を放っていた。
これであの人は大丈夫。
そう思うと、ホッと安堵の溜息が出た。
だが、やらなければならないことは他にもある。
「ヒノエくん、下に降りられる道ってある?」
未だに弁慶と口論を続けているヒノエに問いかければ、少々どもりながらも頷いてくれた。
今は言い争っている暇などない。
いくら白龍が助けてくれるとはいえ、実際にその目で確認をしなければ安心できない。
「この先に、降りられる道があるはずだ」
「うん、早く行こう!ヒノエくん、翅羽さんは大丈夫だよ」
安心させるように力強く言えば、ヒノエは力ない笑みを見せた。
こんなヒノエはあまり見たことがない。
それ程までにヒノエにとって翅羽は特別なのだと、望美は改めて知った。
仲直りへのカウントダウン
2007/2/26