重なりあう時間 | ナノ
熊野編 参





参拾参話
 走って帰らなきゃ






「やっぱり海は良いな」


船の上から海を見つめ、ポツリと呟く。
浅水が熊野へ戻ってきてから、既に三ヶ月が過ぎようとしていた。
烏の情報によれば、三草山で戦があったらしい。
それに龍神の神子が参加していたと言うから、おそらくはヒノエも参加したのだろう。
その後、頼朝の命で熊野の力を借りるように言われたらしいから、そろそろやってくるか。


ここに。


この、熊野に。


まぁ、熊野が動くかどうかは、その目で今の源氏の勢力を見たヒノエ──熊野別当、藤原湛増──の返事次第。
決定権は別当にある。
いくら自分が別当補佐とはいえ、そればかりは許されない。
どう出るか。

熊野は勝てない戦はしない主義。
おそらく、源氏への返答はそうなのだろう。

容易に想像はついた。
だが、熊野は動かなくとも、八葉であるヒノエは……?
彼はそのまま源氏へついて望美の力になるのかもしれない。
それでなくとも女性には弱い熊野の男だ。
特にヒノエなら、望美に頼まれれば嫌とは言わないかもしれない。
かも、ではない。言わないだろう。
でも、次は自分も望みについていくことを決めている。
京にいたときはヒノエとの約束があった。


だが今回は違う。


一応、熊野でヒノエの帰りを待つという約束は、例えどのような理由だとしても、彼が熊野へ戻ってきた時点で果たされる。
そうすれば、次に自分が何をしても構わないはずだ。
懸念があるとすれば一つ。
ヒノエに勘違いされたまま熊野へ帰ってきてしまった。
これがどう影響するか。


「言い訳くらい、したかったな」


ぼんやりと海を眺めながら、溜息を一つ。
目の前に広がる海はとても大きくて。
いつもなら、自分の考えていることが些細な物に感じられる。
だが、今日はそう思えなかった。
頭の中を占めるのは、あの晩のこと。
次の日は、明らかに自分を避けている様子だったヒノエ。
言い訳も出来ずに日を空けてしまったことが吉と出るか、凶と出るか。


「前途多難、ってとこね」


再び大きく溜息をついた浅水に、水軍の一人が近付いてきた。
それに気付いて居住まいを正せば、小走りでやってくる。


「副頭領!急ぎの報告が入ってますぜ」
「急ぎ?何があった」


何かよからぬことでも起こったか。
ヒノエがいない間、できることなら厄介事は避けておきたい。
そんな思いが瞬時に頭の中をよぎる。
しかし、報告は全く違うことで。





源氏の戦神子を連れてヒノエが熊野へ戻ってきた。





それを聞いた浅水は急ぎ、船を勝浦に戻すことに決めた。










次回、望美たちと合流
2007/2/12



 
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