重なりあう時間 | ナノ
熊野編 弐





参拾弐話
 猶予はあとどれくらい






浅水が熊野へ戻ってからは、怒濤のような日が続いていた。
まず、湛快から教わった鍛冶職人の元へ行き、自分の舞剣を加工してくれと頼んだ。
その後、ヒノエと二人で熊野から離れていた物だから、溜まっていた仕事が半端ない。
湛快が気を利かせて、いくらか手を付けてくれたらしいが、それも微々たる物。
目の前に連なる仕事の山に、浅水は辟易していた。
更に、熊野の神子としての勤めもあったし、それを言うなら水軍としてもそうだ。
そして、それらの合間を縫って、湛快から武術を習う。
ほぼ分刻みの予定に、浅水の体は限界を訴えていたが、時間がないからと体に鞭打つ。


「時間がないのはわかっちゃいるが、たまには休むことも必要だろ」


湛快の配慮から、浅水は久し振りにゆっくり休める時間が出来た。
だが、突然出来た休息に、何をしたらいいかわからないのも事実。
日がな一日、ぼうっとしているのも勿体ない気がする。
かといって、何処へ行こうとも自分の顔は熊野では良く知られている。
そうすると、結局部屋でゴロゴロするしかなさそうだ。


「退屈」


部屋の中心に寝転び、天井を見上げながら呟く。
いつもなら、こうしていればどこからともなくヒノエがやってきて、外へと誘ってくれるのに。
首を動かして、開かれることのない襖を見つめる。
こうしてヒノエと離れることは、あまりなかったんじゃなかろうか。
でも、いずれはヒノエも妻を持つ。
そうすれば、自分は彼から離れなくてはならない。


「予行練習みたいなものか」


言葉にすると、それが現実味を帯びた。
小さく震えた体を自分の腕で抱く。


「ダメだ、このまま部屋に閉じこもってたら、ろくなこと考えない」


腹筋を使って起きあがると、乱れた髪を手でまとめて立ち上がった。
そのまま襖を開けて、部屋を出る。
高い日差しが夏が近いことを教えていた。





本宮から勝浦に来た浅水は、湛快に教えられた鍛冶職人の元へとやってきた。
気晴らしに海を見に行くのも良かったが、それよりも頼んだ舞剣が気になった。


「今日和」


軽く挨拶をして、敷居を跨ぐ。
丁度休憩だったようで、そこには手ぬぐいで汗を拭う姿。
浅水の姿を見付けると、人の良さそうな顔で挨拶してくる。


「副頭領、ちょうどいいとこに」


そう言って手招きをされ、何のことかと首を傾げながら相手の方へ向かえば、差し出されたのは一本の小太刀。
どこかで見覚えのあるそれは、浅水が加工を頼んだ舞剣だった。
あまり長いと邪魔だから、出来るなら短めに、と言ったそれは見事に小太刀へと姿を変えていた。


「もう完成したの?」
「へい、ついさっき。どうです?良い出来でしょう」


驚いたように小太刀と相手の顔を見比べれば、満面の笑みが返ってくる。
すらり、と鞘から抜けば、見事に鍛えられた刃が姿を現した。

軽く一振り。

それほど重さはなく、しっかりと手に馴染むその感覚は、舞剣と変わらない。
試しにと、自分の指先に刃を当てれば、切れた皮膚から流れ出る赤。


「さすが、湛快さんの紹介だけある。いい仕事してるね」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだよ」


再び鞘に収めると、そのまま腰に差す。
これならば、移動の時に邪魔にはなるまい。
僅かばかりの礼を残し、浅水は本宮へ戻ることにした。
今日一日休めといわれたが、自分の獲物が出来たのならば休んでなどいられない。
下準備はあらかた出来た。
後は、龍神の神子とその八葉が、熊野に現れるのを待つばかり。










熊野での日々
2007/2/10



 
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