重なりあう時間 | ナノ
熊野編 壱
参拾壱話
突然喋りだすのは甘えてるから京を出てから、熊野へ向かうまでに怨霊が出るんじゃないかと心配していたが、それは杞憂で終わりそうだった。
浅水がそう思ったのは、馬上から眼前に見覚えのある風景を見付けた頃だった。
「帰ってきた」
思わず呟いた言葉。
帰ってきた、その言葉からわかるように既に熊野は浅水の帰る場所となっていた。
浅水の、唯一の居場所。
熊野を出発するときはヒノエと二人だったのに、今は自分一人だけ。
結局、誤解を解くことさえ出来ずに戻ってきてしまった。
そのことに軽く失望さえ覚える。
だが、そう嘆いてばかりはいられない。
望美たちは夏に熊野へやってくる。
その為にも、準備をしておかなくては。
小さく息を吐いて気持ちを切り替えると、浅水は熊野までの道を急いだ。
休息は必要最低限。
出来るだけ早く、熊野へ着きたかった。
だから、熊野へ入った自分を迎えに来てくれた人物がいたときは、心から嬉しかった。
「湛快さん!」
転げるように馬から降りて、目の前の人物に飛びつく。
浅水を支えてくれたのは、がっしりとした腕。
熊野を離れるたときと変わらない笑顔が、そこにあった。
「お帰り、俺の養い姫。元気そうでなによりだ」
そう言ってわしわしと浅水の頭を撫でる。
それをくすぐったく思いながら、浅水は湛快から離れた。
「それにしても、息子の姿が見えないみたいだな」
「湛快さんってば、どうせ烏の報告で知ってるくせに惚けるんだから」
キョロキョロとヒノエの姿を求めて視線を彷徨わせる湛快に、呆れたように言えば、まぁな、といらえが返ってくる。
やっぱりこの辺は弁慶と兄弟だな、と思う。
知っていて、敢えて知らない振りをする。
それだけならば、ヒノエにも当て嵌まるだろう。
そして、自分にも。
伊達に、湛快と弁慶に教育されたわけではない。
「で、随分と嬉しそうだが、あっちで何か良いことでもあったかい?」
「やだ、顔に出てる?」
二人で歩きながら、京で起きたことを浅水は湛快に話していた。
そんな中、言われた言葉に自分の頬に手を当て、湛快を伺い見る。
昔から、湛快にはよく表情だけで自分の気持ちを言い当てられた。
「私の存在理由がね、見付かったの。星の一族として、ね」
その言葉に、湛快の眉が顰められる。
「なら、何でアイツと一緒に京に残らなかった?白龍の神子が京にいたなら、一緒に残ればよかったんじゃないか?」
「それはそうだけど、私はまだヒノエに伝えてないから」
だから一緒にはいられないと、浅水はそう言う。
湛快から言わせれば、それは単なる言い訳だろう。
となると、熊野へ戻ってきたのは他に理由があるのか。
そう思案する湛快に、浅水の声が飛ぶ。
「ね、湛快さん。熊野で腕の良い鍛冶職人、教えてくれる?」
「鍛冶職人?そいつぁまた、急だな」
「夏までに、準備を進めておかないといけないからね」
既に季節は春を過ぎようとしている。
夏はすぐだ。
そう考えると、時間はいくらあっても足りない。
「ま、俺の知ってる一番を教えてやるよ」
「ありがとう。……それと、もう一つ」
礼を言ってから、足を止める。
浅水が止まったことに気付き、湛快もその足を止めた。
「私に、戦う術を教えてください」
ひた、と湛快を見つめる目は真剣その物。
切羽詰まっているようにも見えるその様子に、考えさせてくれ、とは言えなかった。
湛快再登場
2007/2/8