重なりあう時間 | ナノ
京編 弐拾肆





弐拾玖話
 目で追う、けれども、脚は動かなかった






ちょっと出てくる、と言って浅水が部屋を出てから既に一時はたった。
それなのに、一向に戻ってくる様子はない。
部屋に戻れない理由は知っている。
けれど、いい加減戻ってきても良いだろ、とヒノエは思う。
例えこのまま外で夜を明かそうとも、流石にまだ寒い。
いくら何でも、防寒は必要だろう。
生憎、部屋にはまだ起きている人がいるから、毛布を持って行ってやることは出来ない。
だから、一旦部屋へ戻るよう告げようか。
リズヴァーンに一言告げて部屋を出て、さてどうしようかと空を仰いだ。
流石にこの時間だ。邸の敷地内から出ていない事を願いたい。


「満月、ね」


目に入ってきた月を見て一言。
そういえば、浅水は満月の晩が好きだったな、と思い出す。
幼い頃は外に出て、月ばかりを見ていつまでも寝ようとしない浅水に、女房が部屋の襖を全開にして寝かしつけたこともあったっけ。
昔を思い出して、思わず笑みが込み上げてくる。
となると、多分庭先にでも出て一人月でも見ているんだろう、と予想を立てる。
寝ている人もいるだろうからと、足音を立てずに庭へ向かえば、思っていたとおりの人物がいた。
だが、その隣には自分が苦手な、邪魔な人影も見える。


「──……は」


何を話しているのかまでは聞き取れない。
もう少し近付いてみようか。
そう思ったときだった。
突然浅水に抱き付いた弁慶を見て、思わず動揺してしまった。
側の襖に体がぶつかり、カタンと音がたった。
しまった、と思っても後の祭り。
音に気付かないことを願い、慌てて二人の方を見た。
だが、無情にもその音に気付いた浅水の視線が、自分を捉える。


何か言わなくては。


言いたいことはあったはずだった。
そう思うのに、咄嗟に言葉が出てこない。
それどころか、これ以上あの二人を見ていたくなくて、くるりと踵を返した。
どかどかと廊下を歩き、部屋へ戻って布団を被る。
リズヴァーンが驚いたような顔をしていた気もするが、そんなこと知るもんか。
固く目を閉じるが、二人の姿が瞼の裏にチラチラといつまでも映って見えた。





ヒノエが踵を返したのを見て、浅水は我に返った。
絶対に何か誤解している。
そう思い、弁慶の腕から逃れようと身じろぎした。


「弁慶っ、ちょっと、離して!」
「どうしてですか?」
「どうしてって、ヒノエが何か誤解したでしょうが」


そう言えば、腕は幾分緩められたが、それでも逃れることは出来ない。
苛々しながら睨み付ければ、弁慶は困ったような笑顔を浮かべた。


「君とヒノエは恋仲だとか、そういうものではないんでしょう?だったら、別に誤解されたところで痛くもないんじゃないですか?」


そう諭されれば返事に詰まった。
確かに、弁慶の言うとおりだ。
自分とヒノエの関係は別当とその補佐、もしくは神子。
甘い関係とはほど遠い。
的を得た言葉に、何も言い返すことが出来ない。
浅水は、小さく唇を噛み締めた。
それからやっと弁慶の腕から解放されたが、ヒノエを追うことはしなかった。





否、出来なかった。










修羅場……?
2007/2/2



 
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