重なりあう時間 | ナノ
京編 弐拾参





弐拾捌話
 月の光に照らされて、わたしは秘密をぎゅっと抱く






夜。
湯浴みもすませ、後は寝るだけという時間帯。
望美と朔は既に部屋へ行ってしまった。
八葉も、早い者はもう寝てしまっただろう。
この世界は電気がないから、夜が長い。
浅水は一人、庭へ出ていた。

さすがに八葉が集うあの部屋では寝れない。
別に自分は構わないが、あの九郎がいる。
今はまだ良いが、後々自分が女だとわかったらどういう態度を取るか、目に見えてわかる。
まだ起きていたリズヴァーンやヒノエには、ちょっと出てくると断りを入れてある。
自分がいない、と騒ぎ立てたりはしないだろう。
ぼんやりと空を見上げれば、今宵は満月。
青白い月の光に照らされて視界がよく見える。


「現代じゃ滅多にお目にかかれないわね」


くすり、と小さく笑って宙に手を伸ばす。
満月の日は、普段と違った世界が見える。
漆黒ではない闇が辺りを包む。
満月がこんなに明るいと知ったのは、この世界に来てからだ。


「ああ、今夜は満月だったんですね」


不意に聞こえた声に、意識をそちらへ向けた。
そこには先程部屋にいなかった弁慶の姿。
どうやら湯浴みでもしていたらしい。
毛先からしたたる雫がそれを物語っている。


「それで、貴方は彼の姫君のようにあの月へ帰りたかったんですか?」


突然の問いかけに小首を傾げ、次に月が何を指しているか悟ると再び空を見上げた。
弁慶が言っているのは元の世界のこと。
望美は元の世界に帰るために今を頑張っている。
多分、使命を果たせば元の世界へ戻れるのだろう。

なら自分は──。


「……私は、あの月へは帰れないのよ」
「え?」


そっと囁く。
その呟きは弁慶の耳まで届かなかった。



戻りたい、そう思ったこともあった。


戻れない、と諦めて過ごしてきた。



望美と再び再会したことで、僅かな希望が生まれたと思った。
でも、そうじゃないと悟る。
祖母が話してくれた自分の役目。
それを果たすということは、つまり──。


「浅水さん?」


ふいに黙り込んだ浅水に、弁慶が側まで近付いた。
はっとして隣を見れば、心配そうな表情が見える。


「ごめん、何でもないわ」


軽く手を振って応える。

次の瞬間。

浅水は弁慶の腕の中にいた。
何が起きたのか良くわからない。
思わず瞬きを繰り返した。


「弁、慶……?」


その腕から逃れようと身じろぎしたが、思っていた以上に力が込められていて動けない。
こんなところ、誰かに見られでもしたら大変だ。


「ちょ、べんけ」
「君は……」


再び声を上げたが、その途中で遮られる。


「君はその胸に何を抱えているんですか」


懇願するように吐き出されたそれに、思わず息が詰まった。
カタン、という物音に視線を動かせば、音の出所を知って身を固くする。





視線の先には、月明かりに照らされてもなお鮮やかな朱が、あった。










予想外の出来事
2007/1/31



 
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