重なりあう時間 | ナノ
京編 拾伍





弐拾話
 楽をするのが下手なところ






ついにこの日がやってきた。


神泉苑で行われる雨乞いの儀で舞を舞うため、浅水は梶原邸へ行かずに仕度を調えていた。
翅羽でいたときの服とは違うそれに袖を通せば、一瞬にして熊野の舞姫へと変わる。
それと同時に、気持ちも切り替わる。
後白河院が浅水に雨乞いの舞を舞えと言ってきたのは、以前起こした奇跡を知っているから。
数年前、一度だけ雨乞いの舞をした際、雨が降ったのをその目で見ているから。
浅水から言わせてもらえば単なる偶然。
今回も同じことが起きる、と言うわけではない。
だからといって、雨が降らなければ降らないで熊野の名に傷がつきそうだ。
どうするべきか。


「例え雨が降らなくても、舞だけは舞わないといけないし……」


手の中にある舞扇を弄りながら、雨が降らなかったときの言い訳を考える。
自分が言われるだけならまだ良い。
だが、熊野のことを言って欲しくはない。
となると、雨を降らせなくてはならない。


「堂々巡りだわ」


ぽつりと呟いて大きく溜息を吐いた。
一向に良い考えが浮かばず、時間だけが過ぎていく。
そう、時間だけが。


「いけない、神泉苑に行かないと!」


思えば神泉苑で行われる雨乞いの儀はとうに始まっている時間だ。
自分も早々に神泉苑で舞を舞わねばならない。
一枚の衣を頭から被り、足早に神泉苑へと向かおうとした。
そんな浅水の目に、一本の舞剣が目に入った。
熊野の誰かが気を利かせて入れてくれたのだろう。


「これもしばらく使ってなかったっけ」


そっと手に取り眺める。
飾りの付いた華奢な剣に刃は付いておらず、勿論実戦向きではない。
浅水はその舞剣を腰に侍らせ、神泉苑へと急いだ。










神泉苑に辿り着いたとき、白拍子たちの舞で雨が降らないことと、浅水の姿が見えないことで後白河院は不機嫌だった。
そんな中、白羽の矢が刺さったのは望美と朔。
だが、朔は出家した身とあっさり断り、九郎の頼みもあって望美が舞台へと上がっていた。


「へぇ、望美の舞か」


こっそりと笑みを浮かべ、舞台に上がった望美を見る。
よく見れば、八葉も神泉苑に来ていたらしく、みな一つ箇所に固まって座っている。
望美が舞い始めると、浅水は奇妙な感覚を覚えた。
五行の力が集まっている。
周囲に目をやっても怪しいものは見あたらない。

いったい何が──?

思わず首を傾げる。
その疑問は程なくして解決した。
何故なら望美が舞を舞っている間だけ、雨が降ったから。
そんなことが出来るのはこの場に一人しかいない。


「さすが、白龍の神子様」
「遅かったですね」
「ちょっと考え事しててね」


掛けられた声には振り返らずに答える。
気配を消して声を掛けるようなことをする人物には、身に覚えがあったからだ。


「雨が降らなかった場合の言い訳、ですか?」
「知ってて聞くんだから、本当に嫌な人」


舞い終わった望美が舞台から降りると、これまた一騒動起きた。
どうせ後白河院が望美に興味を持ったのだろう。
あの狸爺。
女だったら誰でも良いんじゃないだろうか。


「助けに行かないんですか?」


浅水と同じように騒動を眺めていた弁慶が望美を指差す。
行きたくない、とは言えなかった。


「一人で行かせたりはしないでしょう?軍師様」
「もちろん」


す、と手を出せば弁慶はその手を取った。
浅水は弁慶に手を引かれ、後白河院の元へ辿り着いた。










九郎の許嫁発言を阻止(笑)
2007/1/15



 
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