重なりあう時間 | ナノ
京編 拾壱
拾陸話
追いかけるのはあなたでないとしん、と静まりかえったその場から逃げるように浅水は元来た道を駆けていった。
真っ先に我に返ったのはヒノエだった。
「翅羽!……アンタ、あいつによからぬこと言ったんだろ」
直ぐさま駆け出そうとするのを思い止まり、弁慶に詰め寄る。
「よからぬことだなんて、心外ですね」
「追いかけないのか?」
「今の僕にその資格はありませんから」
だが、さらりと返されてしまい、とりつく島もない。
これ以上は何を言っても無駄と悟ると、小さく舌打ちをして浅水を追うことに決めた。
「あいつがアンタに手を挙げるなんて、よっぽどのこと言ったんだな」
ヒノエの後ろ姿を見送りながら、叩かれた頬をそっと撫でる。
「本当に、君という人は……」
自分にも人には言えないことがあるように、浅水にも言えないことがあるのは知っている。
知っているから、こんなにももどかしいのか。
痛いのは叩かれた頬なのか。
それとも、浅水の胸の内なのか。
「あの、弁慶さん大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
いつの間に来たのか、弁慶の側には心配そうな望美の顔があった。
それに笑顔で応えれば、外套を掴んでいる白龍にも気付きそっと頭を撫でてやる。
「全く、またあいつか。弁慶、あいつは本当に何なんだ。問題しか起こさないじゃないか」
「九郎、そう言わないでください。今回は僕が悪いんです」
「そうなのか?」
「でも、一体何を言ったんですか。叩かれるなんて、相当なことでしょう」
譲の問いには曖昧に笑って誤魔化しておく。
まさか彼らのことを話していたとは、口が裂けても言えまい。
本人が隠しているのに、第三者が勝手に口出しできるものじゃない。
「ちょっと、禁句を口に出してしまったんですよ」
「禁句?弁慶殿が?」
「ま、誰にでも口に出されたくないことはあるからな」
禁句。
その一言で全てまとめてしまえば、誰も何も言っては来まい。
「でも、翅羽さん大丈夫かなぁ」
浅水とヒノエが去っていった方を眺めながら、望美が小さく呟いた。
望美の姿を視界に入れながら弁慶が考えていたのは別なこと。
異世界から来た龍神の神子。
そして、星の一族の分家という浅水。
望美の態度を見れば浅水とは初対面らしいが、浅水の方は違うらしい。
更に、新たに現れた将臣という人物。
譲と兄弟らしいが、この二人ももしかしたら顔見知りなのだろうか。
「誰よりも多く情報を持っていても、肝心なことがわからなければ仕方ないですね」
「弁慶さん?それってどういう……」
「翅羽ならヒノエが追っているから大丈夫ですよ」
弁慶の呟きを拾った望美が首を傾げたが、皆まで言わせずに話題をすり替える。
何もなかったようにそう言われては、望美も頷くしかなかった。
(弁慶さん、何か隠してる……?)
じっと彼の顔を見つめてみても、その表情が崩れることはない。
軍師という職柄のせいもあって、弁慶が何を考えているかなど露程もわからない。
「とりあえず、二人が戻ってくるまでは休憩にしよう」
九郎の提案により、浅水とヒノエが戻るまでその場で休憩を取ることになった。
「浅水さん、君は一体何を隠しているんですか?」
さぁ、と風で桜が揺れる。
ひらり
ひらり
散った花弁が舞うように宙を舞う。
主人公と白龍以外を喋らせてみました
2007/1/7