重なりあう時間 | ナノ
京編 漆
拾弐話
出来ることをする浅水はその場にしゃがみ込んで、頭を抱えたい衝動を堪えた。
九郎から自分にも出された条件。
花断ち。
九郎と望美がやったのを見たが、あれこそ一朝一夕で出来るものではない。
それくらい、自分にだって良くわかる。
だが、問題はそこじゃない。
自分はまともに刀を扱ったことがないのだ。
護身用に、と懐には短刀を忍ばせてはいる。
自分の身の守り方も熊野で身につけた。
そのときに刀も教わったから、基礎は叩き込まれている。
だが、あくまでそれは自分自身を守るためであって、他人の命を奪うためではない。
だから、この世界へ来て十年。
浅水は未だ、人を斬ったことはない。
それは、どれだけ自分が大切に守られていたのかということ。
今からまともに刀を扱えるように鍛錬したところで、自分が戦に同行する頃には、戦そのものが終わっているのではないだろうか。
(どうせ花断ちを選んだのは、そう簡単に会得できないって知ってるから。まぁ、それ以前に、私の同行をヒノエが許すかどうかが問題、だね……)
小さく嘆息をつきながら、チラリとヒノエを伺う。
いつもとは少し違った硬い表情に、彼に聞いても色よい返事が返ってこないのは一目瞭然。
となると、どうやって九郎の条件を断ったものか。
いっそのこと、同行はしないと切って捨てるべきか。
端から花断ちは出来ないと宣言すべきか。
しかし、自分の役目を考えると、望美の側にいて彼女をサポートしなければならないだろう。
十年たって、ようやく見つけた自分の存在意義。
それに簡単に出来ないと認めるのも、どこか悔しい。
「どうする?花断ちが出来ないならば、お前を同行させるわけにはいかない」
再度、九郎からの問いかけに仕方ないと、口を開きかけた。
だが浅水の口から返事が紡がれることはない。
目の前に見えた鮮やかな朱に、思わず瞬きを繰り返した。
「ヒノエ……?」
どうして彼が自分の前にいるのだろう?
これでは九郎に返事を返せない。
そう思っていると、首だけ浅水を振り返り、ヒノエは唇に人差し指を当てた。
黙っていろということだろうか。
わけのわからないまま大人しく首を縦に振れば、満足げな笑みが返される。
「悪いんだけど、コイツは仕事の途中でね。それが終わり次第帰ることになってるんだ」
「そうなのか?」
「ちょっ、ヒノエ?!」
ヒノエの言葉に驚いたのは、九郎だけではない。
浅水も初耳だった。
確かに、京には雨乞いの舞を舞うために来たが、自分はそれが終わったら帰るという話は聞いていない。
「あぁ、だから同行は出来ない。となると、花断ちもしなくていいだろう?」
「そうだな。戦に同行しないのであれば、実力を見る必要もないな。無理を言って悪かったな」
「え、あ、いや……」
浅水に向かって頭を下げた九郎に、思わず口ごもる。
まさかこういう展開になるとは。
「だってさ、翅羽」
よかったじゃん、と小さく囁くそれは自分がまともに刀を扱えないと知っているから。
戦力にならない自分が一番の足手まといなのは知っている。
でも、それを口に出してしまうのは、認めてしまうのと同じ事で。
ヒノエは自分が悩んでいるとわかったから、助けてくれた。
昔からそうだった。
ヒノエは自分が困っているときに、さり気なく手を貸してくれる。
守られていると知ったのは、いつの時だろうか?
自分はヒノエに、何を返してあげられる?
浅水は今のところ非戦闘員
2006/12/28