重なりあう時間 | ナノ
京編 陸





拾壱話
 剣の扱いなんか知らないのに






満開の桜の元、九郎の刀が一枚の花びらを見事に斬った。
ほう、と小さく感嘆の溜息を一つ。
さすが、伊達に源氏の大将をしているわけではない。
だが、次に望美が九郎と同じ事をやって見せたときには、思わず口笛を吹いた。

あちらの世界にいたときは、武芸と呼ばれるものを何一つしていなかったはずなのに。
こちらの世界に来てから、自分のように時間があったわけでもない。
ならばどこで腕を磨いたのか、と疑問が頭の中をチラリとよぎる。
本当なら、こんな命のやり取りをするような場所に来ることもなく。
平和な世界で、幸せに暮らせるはずだったのに。

望美が九郎に認められることを嬉しいと思う反面、悲しいと思う自分がいた。


「さすが、龍神の神子は違うね」


ヒノエが漏らした世辞に、そうだろうか?と浅水は首を傾げた。
いくら龍神の神子でも、刀など一朝一夕で扱えるようになるものではない。
それこそ、日々の鍛錬と経験がものを言う。


「先輩、いつの間に……」


逆に、譲の反応が当たり前でホッとする。
彼だって、幼い頃から望美と一緒に過ごしてきたのだ。
刀など一度も手に取ったことがないのを知っている。


それなのに、まるで舞でも見ているかのような洗練された動き。


あれは、一度も刀を握ったことのない者の動きではない。


だったら、いつ?


どこで望美は覚えたのか。


譲の話し方だと、望美と譲が離れていた時間はそう長くはないようだ。
だとすると、その間に覚えたとでも言うのだろうか。
だが、それにしてはどこか腑に落ちない。


「これで私のこと、認めてくれますよね?」
「あぁ、わかった。同行を認めよう」
「ありがとう、九郎さん」


望美と九郎が和解したのを見て、これで終わりかと浅水が思ったのも束の間。
九郎の視線が望美から浅水へと移される。
それに何となく嫌な予感を覚えながら、逃げるように視線を逸らす。


「翅羽と言ったな」


次の瞬間、自分に掛けられた声に、ぎくりと肩を震わせた。


自分のことは放っておいて欲しい。


それが今の浅水の本音だった。
そのまま無視を決め込みたいが、これだけ人がいればそれもままならない。
諦めて九郎を見れば、不安そうな望美の顔。
望美だけじゃない。
視線だけで周囲を見回せば、法住寺での一件を知っている全員がどこか似たような表情を浮かべている。


「だから?」
「法住寺では不意をつかれたが、俺はお前の実力を見た訳じゃない」
「なら、私にどうしろと?」


売り言葉に買い言葉。

この言葉の意味を知らない訳じゃない。
でも、出てしまった言葉は既に取り返しが付かないことを、誰もがよく知っている。





「花断ちを。お前も望美と同じように、花断ちをやってみせてはくれまいか」





後悔先に立たず。





全く持ってその通りだ。





浅水は九郎にどうしてもっと上手く返さなかったのか、深く後悔した。










九郎とはいい喧嘩友達になりそうです
2006/12/26



 
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