重なりあう時間 | ナノ
京編 肆
玖話
変わったところ、変わってないところ弁慶もヒノエも久し振りに会ったというのに、お互い毒を吐くのを忘れない。
既に同じ光景を何度も見ている望美は、小さく笑みを零した。
言葉の応酬が一段落付いたところで、ヒノエは弁慶の後ろに隠れるようにして立っている浅水に気付いた。
「翅羽?いるならそんなヤツの後ろに隠れてないで出てくればいいのに」
「え?」
ヒノエの言葉に望美は首を傾げた。
今までの運命では、六波羅で出会うのはヒノエだけ。
記憶を探ってみても、ヒノエ以外の人物と出会ったことはない。
だとしたら、自分の探している人がようやく現れたのかもしれない。
望美は淡い期待を胸に抱いた。
「翅羽?」
「どうかしましたか?」
いつまでたっても現れない浅水に、再び声が掛けられる。
弁慶も首だけで振り返ると、自分の外套を固く掴んでいる浅水の姿が目に入った。
あまりにも強く掴んでいるからか、それ以外の理由からか、その手は小さく震えている。
外套を掴まれているのとは逆の手で浅水の手を上から包み込む。
すると、ゆっくりと視線が弁慶に移される。
揺らいでいるその瞳。
「大丈夫ですよ」
そっと浅水に聞こえる程度に囁けば、何かを語るように一度口を開き掛け、それを飲み込んだ。
躊躇いがちに外套から手を離し、目を閉じてゆっくりと深呼吸を一つ。
弁慶の影から出て、浅水を待っているヒノエと望美に一歩近付く。
目の前にいる望美は着ている物以外、何一つ変わっていない。
自分の記憶にある姿、そのまま。
ならば自分は――?
十年も前からこの世界にいるけれど、姿だけなら来る前と変わらない。
着ている物も、望美同様制服ではない。
ただ、肩まであった髪はすっかり伸びてしまい、今は首の後ろで無造作に一つにまとめてあるが。
そこまで考えてから、それらを全て否定する。
今の自分は七宮浅水ではない。
熊野の翅羽なのだ、と。
「初めまして、神子姫様」
声は、震えていないだろうか。
ちゃんと笑えている?
ただ、それだけが気がかりだった。
浅水の言葉に弁慶は怪訝そうに眉を顰めた。
「あ、初めまして。私、春日望美って言います。ヒノエくんにも言ったんだけど、神子姫様って呼ばれるの何だか慣れなくて。名前で呼んで下さい」
「そう?私の名前は……翅羽と言っておこうかな」
浅水の挨拶に慌てて望美が頭を下げる。
久し振りに聞く幼馴染みの声。
嬉しかったけれど、やはり相手にとって自分は初対面でしかない。
ズキリと胸が痛んだ。
その後、譲と朔と白龍に挨拶を交わす。
「なぁ、白龍。もしかしてこの人も八葉なのか?」
譲が隣にいる白龍に尋ねた。
ちらりと視線だけ動かせば、そこにはここへ来る原因を作った本人。
怒鳴りたい衝動を抑え込み、譲の言葉を反芻する。
白龍。
龍神の片割れ。
ならば、自分のことも知っているかもしれない。
「違うよ、譲。八葉じゃない。でも、神子と同じで、温かい」
その言葉から自分のことは知らないとわかり、ホッと胸を撫で下ろす。
「とりあえず、先を急ぎましょう?」
朔の提案で六波羅を後にする望美たちの後ろ姿を、浅水はただ眺めていた。
「翅羽、何してるんだ。早く来なよ」
「うん」
ヒノエから差し出された手を掴み、同じように歩き出す。
今だけは
繋いだこの手を、離したくなかった。
これが本当の再会
2006/12/20