Humanlike species


昔の人が言うことには。
ななつまでは神のうち、はたちになれば人に成る。

ならば18になる私は何なのか。
たしかに生きている。食べて寝て人を好きになる。
しかし人でないならば、自分はどんな生きもので、何を好きになるのだろう。
私は自分の好きなヒトを考えた。

笠松幸男。

同い年の彼もまた人ではない。
が、私と同じ生きものとも思えない。なぜなら、


「名前。名前、聞こえるか」


そのよく通る声も、まっすぐな眼差しも、がっしりした身体つきも、彼と彼の人生ごとつらぬくブレない軸も、私にはないからだ。
同じとこなんて何ひとつないのに、私たちは同じ高校で、同じ部活で、恋人という関係にある。

なぜ?


「聞こえてるよ」

「ベンチにタオル忘れた。悪い、こっちに投げ込んでくれるか?」


着替え中なのか、笠松はロッカーからあらん限りの声を出した。
私も負けじと声を張り上げた。
誰もいない体育館に声だけが交差するのは少し面白かった。

いつも通り、笠松の居残り練が一番長いので、みんなもう帰ってしまっていた。この後いつもなら2人で一緒にまっすぐ帰るだけだ。
でも今日は彼が珍しく忘れ物をしたので、私も珍しいことをしてみたくなった。

ぽつんと取り残された青いタオルを拾い上げながら思った。彼と私、本当に同じ生きものなのだろうか?



開けっぱなしの更衣室のドアをノックした。笠松は振り向かずに言った。


「サンキュ、そのへんに置いといて」


返事をしないでまっすぐ近寄っていく。
笠松はTシャツを首のところから脱いで最後に両腕を抜いた。
広い背中がむきだしになる。筋肉が蠢く。

たまらずその首にタオルをかけて、背中をつつっとなぞる。
指先がしっとりする。笠松は秒速で振り向いた。
とんでもない間抜け面だ。


「はい、タオル。びっくりした?」

「し、心臓とまるかと思った。てかその、なんつーか、俺着替えてんだけど」

「見りゃ分かるよ」


私の指先がかるくはだかの胸をひっかく。
彼の大きな手がそれをつかんで包みこむ。

あつっ。
わたしは思わず声を上げた。



「名前。こっち見て」



かすれた声。
おそるおそる視線を上げると、そこにはもう間抜け面はない。
私を射るように見つめる眼差しだけ。


ゆっくりと手がのびてきて、私の落ちかかる髪を一房取って耳にかけた。
かさついた太い指が耳裏に当たる。
ふるえるような切ない感覚が私の真ん中を駆け抜けた。


「キスしていいか」


わざわざ聞かなくてもいいのに、と思いつつ、こく、と頷く。
視覚を遮るだけで笠松のにおいが強くなる。
私を支える笠松の腕が少し震えているのが分かる。

そういえば笠松はいつも壊れ物を扱うように私に触れる。
付き合い始めてもう1年。
いくらシャイでも慣れてないなんてことはないのに、なぜだろう。


ちゅ、と耳からキスがやってきた。
くすぐったくって思わず身をよじると今度はおでこに降ってくる。
まぶたに落ちる。唇をふさぐ。
どれも優しく抑えられた、そっと触れるだけの口づけ。



ああ、そうか。
彼も私が同じ生きものか分かりかねているのか。私と同じように。



そんな直感が閃いて、私は目を開けた。彼は少し苦しそうに眉を寄せていた。
そんな彼の頬に手を伸ばすと、彼はみるみる目をまん丸くした。


「幸男、好きだよ」


海のものとも山のものともつかぬ私が、笠松を好きな私で私を確かめているように、私たちは好きという気持ちで自分を定義している。
好きという気持ちでつながっている、同じ生きものだ。

人に似た、きらめく未熟な生きものだ。


0209



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