チクタクブルー


最大風速で回る扇風機が書きかけのレポートを散らした、ところで青峰は腕を伸ばし、キャッチ。


「お見事! さすがバスケプレイヤー」
「それは関係ねーから」


青峰は英字で埋まった紙が飛ばないように、置き時計を重しがわりにちゃぶ台の上へ。

8月30日、23時37分。

無機質な表示を見て、青峰に聞かなければならないことを思い出した。


「そういえば、今年は何が欲しい?」


青峰は少し間をおいて「時間」と答えると、あぐらをかきなおした。
どうやら一瞬で決まりが悪くなったらしい。


「腕時計でも買って来ようか?」
「……はいはいはい俺が悪かった。言う相手を間違えた。忘れろ」
「でもね、待ち合わせに30分も遅れてくるド阿呆には必要だと思うんだな。ねぇ、どう思う?」
「うわっ、ヤブヘビ」


時間。
青峰にとってのそれは、決してゼミの英作文を終わらせたいがために得たいものじゃない。
もっとこう、痛々しいものだ。

その証拠に、青峰の耳は赤く染まっていた。


「赤司くんなら真面目にノッてくれそうだよね。あー、懐かしい。多分いい答えが返ってくるよ」
「……あんな中二病野郎とは一緒にされたくねえ」
「ははは。中二病、結構じゃない。まだお年頃で済まされるよ。ギリギリだけど」
「分かった、名前、俺が悪かった」


眉を下げた青峰の顔が好きだ。必要以上にいかついくせに、愛玩動物のような困った顔をする。
そのギャップ見たさにちょっかいを出していたら、中学の元同級生が、大学で恋人に昇格していた。


いつの間に、と表すのが本当に近い。

大学の構内ですれ違った彼は、「大人」になっていた。
中学のときの、妙な繊細さや危うい感じはなくなって、自分の軸が一本ちゃんと通っていた。

一度だけ、その経緯を聞いたことがある。青峰はためらいなく、バスケと答えた。


「レポートは終わった?」
「あと3枚あるけど、まあいいわ」


青峰はよっこいせと床に座ると、そのままこっちに向かって背中を倒してきた。


「……青峰大輝くん。膝がめっちゃ重いんだけど」
「あー? 構ってほしかったんじゃねーのかよ」


なにも答えないでいると、膝の上の彼はふと真剣な顔をした。


「なによ」
「ちょっと黙っとけ」


褐色の腕がゆっくりと伸びてきて、頬に触れる。
体温を確かめるように肌を這うその手は、湿度が低くて、大きい。



ふと、ドリブルの音が聞こえた。

そこはバスケコートとも呼べない場所だ。コンクリートの壁とコンクリートの床に囲まれて、無風で、日を遮るものもない。でも彼は、とても楽しそうに叫んだ。
英語で。


「俺さ、アメリカに行くことになった」


はっと我に返ると、青峰は強い眼差しで私を見上げていた。


「1年間、向こうの大学に留学して、単位も取れて、本場の奴らとバスケが出来る」
「明日出発、とか?」
「……知ってたのか」


驚く青峰の手を取って、首を振る。


「知らなかったけど、何となくね。31日でもないのに青峰が宿題やってるなんておかしいと思ったよ」
「んなことねーよ。毎年、誕生日には終わるようにやってる」
「いーや、いつもいつも私の解答丸写ししてた」


短く、2人で笑うと、沈黙が訪れた。
扇風機が首を回す音だけが聞こえている。
青峰はぎゅっと私の手に込めた力を強めた。


「お前、驚かないのな」
「そりゃもちろん、驚いてますけど。本当に明日ならどうしようもないし」
「ああ」
「今どきスカイプもラインもあるから連絡は取れるし」
「ああ」
「信頼、してるし」


私がそう言うと、青峰はくしゃりと顔を歪めた。困った顔。私の好きな彼の顔。


「ごめんな。ひとりにして」
「お互い様だよ。青峰もひとりになるんだから」
「……あっ、そうか」
「ばーか」


びよーんと青峰の薄い唇を伸ばしてやると、「馬鹿じゃねえよ馬鹿」と眉間にしわを寄せた。


「じゃあ、今年のプレゼントは時間で決まりだね」
「前払いしてくれんの?」
「ううん。私に会いたくてたまんない365日をあげるよ」


なんてね冗談、と言いかけた口は青峰のそれによって塞がれた。
不意打ちのキスはあっという間に終わる。
私の肩にそえた手を下ろして、青峰は元の位置に戻った。


「……びっくりした。どうしたの」


むず痒いムードに耐えきれず、思わずそう聞いた。
青峰は静かに息を吐きながら、目を閉じた。


「そこで寝ないでよ」
「寝るわけねーだろ。今夜は」
「……最低」


青峰はいつもならここで変態くさいことをかますのだが、今日はもう何も言わない。
その代わりに、また真剣な眼差しをぶつけてきた。


「変わっちまうんだろうな、って思った。俺も名前も、今のままじゃいられねえ。そう思うと、時間が大事なのって2度と来ないからなんだな。初めて分かった気がする」


そのとき、私の手は考えるより先に動いていた。

ぺしっ。
親指と人差し指とで描いた円が、青峰の額の上で弾けた。
攻撃を食らった場所をおさえながら、心底びっくりしたような顔をしていた。


「いってえ。いきなり何すんだ」
「何って、デコピン。無性にイラついた」
「……はあ? 訳わかんね」


青峰はようやく起き上がった。
膝がまだじんじんと痛い。


「あのね、訳が分からないのはこっちの方だから。変わっちまうって言ったって、フツーはたかが1年で圧倒的成長っていうの? 遂げる訳ないよね。それにもし青峰が変わったって、私は」


私は受け入れられるだろうか。
次元が違う人間だと、届かないところに行ってしまったと思うだろうか。

一度言葉を切って、考えてみる。


「言い切れねーだろ。先のことは分かんねえ」
「ううん、私は絶対に拒まない。大輝はもっと私のこと信頼してよ」
「それ、1年後も言えてるといいな。俺だってどうなってるか」
「大丈夫だよ」



大丈夫だ。
言葉にしてみて、大丈夫だと分かった。


「だってあんたは私が信頼した男だもん。それだけで十分だよ」


なんだそりゃ、と言って、青峰は困ったような顔で笑った。
安心したのか、私の好きな顔に戻っている。
青峰はこうでなきゃ。

その大きなTシャツの裾をちょんちょんと引っ張ると、青峰はすぐに察して、ニヤリと笑った。


「結局、プレゼントは私ってか?」
「第一弾ってとこかな。明日、飛行機が発つまで一緒にいるよ。……これじゃ足りない?」
「全然。十分すぎるぐらいだよ。サンキューな」


言うが早いか、おっぱじめようとする青峰を制止する。
待てをされて不満げな顔だ。
誕生日プレゼントだということを1秒で忘れたらしい。

デジタル時計は、23時59分49を示したところだ。
心の中でこっそりとセリフを用意する。



生まれてきてくれてありがとう。
大輝と出会えて、本当に良かった。

お誕生日、おめでとう。


8月31日まであと10秒。



0831


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