うちの猫はカレーより茶色い
ご飯のにおいを嗅ぎつけたのか、後ろで大輝がもそもそと起き上がる気配がした。
「今日、カレー?」
湯気を立てていた炊飯器が電子音を鳴らした。何合炊いた、と大輝の明るい声を聞いて急に心配になった。今日は私の分のご飯はないかもしれない。
「大輝君。それより先に言うことがあるのでは」
「…… あー、お帰り。お風呂にする?ご飯にする?それともア・タ」
「ボケろとは言ってない。私より先に来てるならメールの一本でもちょうだいって話」
食器棚の上の方にある、底の深い皿を取ろうと爪先立ちすると、私の腕より幾分太く、茶色いそれが伸びてきた。
「ほんとチビだなお前」
「大きなお世話ですぅ。そんなこと言うともう作らないよー」
大輝が手慣れたように引き出しから箸とスプーンを取り出すのを見ていると、自分が独り暮らしということを忘れてしまいそうだった。
「えっ、マジで?」
「大マジ。だって大輝、気まぐれにもほどがあるんだもん」
「嘘だろ……頼むよ。お前の料理ないと生きていけねぇ」
私の一言で、大輝は目の色を変えて説得を始めた。
大学に入ってからというもの、大輝は大輝で下宿しているくせに、暇さえあればバスケの練習をしているものだからバイトも出来ず(性格的にも)、運動量に比例する食費に追いつかなくなっている。
何より大輝は私の作る料理が好きなのだという。それと、この狭いアパートの一室が。
そう言って、デートの約束は忘れるくせに、家には呼びもしないのにやってきては昼寝して夕飯を食べて帰る。
今日みたいに気まぐれではあるが絶対に来るのだ、猫みたいに。
「分かったけど、そこはさあ、私っていうところでしょ」
「なにお前、この旨いカレーに妬いてんの?」
気付けば大輝はでっかい図体を丸めて、おたまで鍋ごとカレーを食べ始めていた。
「あーっ! ちょっと待ってよ、すぐよそうから!!」
おたまを奪いとって、ぶつくさ言う大輝を台所から追い出す。
早くもかなり減ってしまった濃い茶色をのぞきこんでいると、テレビの電源が入る音がした。
紅白歌合戦の司会の声が聞こえる。
うちの茶色い猫はどうやらこたつで丸まったようだ。
思わず頬を緩ませながら、皿いっぱいにご飯を盛り付け、カレーをかけると、ふわりと香ばしい湯気が舞い上がった。
「はい、お待たせ」
こたつの上にカレー二皿とちょっとしたサラダを並べて、一目散に布団の中に足を突っこむ。
向かい合っている以上、当然ながらぶつかる大輝の足を少しずつどけてスペース確保。
「もうちょっとどいてよ。隙間風が寒い」
「やだね。じゃ、いただきます」
「ちょっと〜」
大輝は手も合わせずにスプーンをつかむと、ぱくりと大きく一口頬張った。
「うまい」
大輝はいつもながら本当に美味しそうに言った。
私には文句を続けようとした口を閉じ、「よかった」と返すしかなかった。
かなわないな、と心底から思った。
「そういえば初詣どうしよ。12時に頑張って行ってみる?」
「初詣? やだよ。人混みすげーだろ」
「はいはい。じゃあいつも通り、お家だね」
ん、と大輝はもう半分ほどしか残っていないカレーを見ながら、満足そうに言った。
20140101
Earth:提出
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