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どれくらいそうしていただろうか。
不意に柔らかい感触が離され、目を開ける。遠くで、わたしが乗る便の搭乗手続き5分前を告げるアナウンスが響いていた。
「……悪ィ。時間ギリギリだな」
「別に、いいよ。できることならこのチケットだって『バルス!』させたいとこだし」
「普通に破り捨てよーぜ」
無理やり笑いながらキャリーバッグの持ち手を引き出す。すぐ動けるよう隣に置いて、もう一度青を見つめた。
「じゃあね、青」
出来ることなら、この瞬間すべてをこの目に焼き付けてしまいたい。
「ああ、行ってこい」
「……行って、こい?」
「次会うときは、お帰りなさいって言ってやるよ」
「そうだね……じゃあ、行ってきます」
わたしは精一杯の笑顔を浮かべて、手を振った。
青もまた、まるであどけない少年のようにくしゃりと笑った。
それは、あの日飛行機で見た青空とよく似ていた。
前を向いて、足早にエスカレーターに向かう。後ろだけは振り向かないように、前傾姿勢で足を動かし続けた。
青には「笑って」と言われたけれど、涙はその言葉を繰り返す度に頬を伝っていく。
荷物検査の係員にぎょっとされながら、特別会員専用の搭乗口へ向かった。
ついと足を止める。
息をつめて、後ろを振り返った。
さようなら、青。
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